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「編プロフェア」を終えて

「AJEC編集プロダクションフェア2019」は成功した。

仕掛けをした自分がそう言うのはおこがましいが、みんなからはたいへん盛況だったと評価された。

会場が良かった、ネットでたくさんの人に呼びかけた、特別講演の講師の認知度など、盛況だった理由を述べる人がいる。

しかし私は密かに思っている。

もっと倍以上の人が来るだろうと思っていた。

今の出版界のことを考えたり、特別講演の講師の動向を知っていれば、話を聞きたくなる。

また本が売れないと言われる業界にあって、編集プロダクションがなぜ活躍しているのか、など気になって仕方がないと思われるからだ。

その意味では、もっともっと大勢の人がフェアに来てくれると思っていた。

しかし残念ながら、私の期待は外れてしまった。

それだけ出版人や編集者がもう疲弊してしまっているのだろうか。

しかし300ぐらいの人が、知名度もない編集プロダクションのイベントに参加して、ブースを見学してくれたことは、まだまだ多少の救いを感じる。

もうひとつ言いたいことがある。

それは、今回の「フェア会場」がまあまあ盛況であった理由だ。

それは、私自身が今の私にできる範囲であらゆる動きと仕掛けをしたことだ。

お金のない編集プロダクション協会ではあるが、以前に開催した日本出版クラブ会館もなくなり、昨年の会場のDNPプラザも使えないことがわかり、まずは会場探しからスタートした。

理事のみんなはお金がないから、安い会場を探し、お金もかけないでやろうと言う提案もいくつかあった。

しかし新しい出版クラブ会館が神田神保町にオープンすると言うことを知っていた私は、とても良いチャンスだと思った。

いくらかかるか、お金のことはわからない。

しかし、我々の活動や認知度を知ってもらうためには、たいへん背伸びをすることになるが、「出版の街」神田神保町のど真ん中で、我々のイベントをやるべきだと確信していた。

まずはいくらかかるかを調べてみた。

会場費はやはりそれなりの場所での値段であった。

しかしAJECは、毎月1回の編集教室で、それなりのお金を貯めることができていた。

AJECの編集教室には、平均70人近い人たちが参加してくれている。

その収益は結構ある。

それを使うことによって、フェアーを何とか業界のど真ん中でやり抜こうと考えた。

また、出展社から参加費を出してもらうことにした。

理事の人たちも反対は少なかった。

次に気になったことは、どれだけの出展会社が参加してくれるかだ。

少なくとも私は、20社以上の編プロを集めたいと思った。

できたらAJECの非会員会社であっても、参加を呼びかけることによって、単なるAJECメンバーだけの編集プロダクションフェアではなく、我々編集プロダクション全体のアピールイベントとして実現できれば良いと思っていた。

しかし、会員社にファックスを流しても、ほとんど出展の応募はなかった。

理事の会員社の中にも、分野が違うと言うことで、出展を断る会社もあった。

私は焦った。

ヒトケタの出展社では話にならない、全く意味がない。

逆に「なんだ、編集プロダクションなんてこんなものか」と世間に恥をさらすようなものだ。

開催を決めた以上、何とかやり抜くしかない。

ポイントは決まっている。

まず出展社を増やすこと、そして来場者をたくさん集めることだ。

出展社を増やすために、会員社あてにメルマガを何度も発行した。

しかし反応は無い。

つぎの手は、私の個人の理事長名で、頭を下げて、いま出展社がたいへん少ないことをアピールすることだ。

何社かは返事が来た。

出展するものがないからたいへん申し訳ない、ちょっと準備に時間が足りない、などの返事があった。

返事が少しあっただけでも嬉しかったけれど、ギリギリになって2社ほど応募してくれた。

最終的には18社になった。

ブースの会場の広さからすれば、まあまあの参加数と言える。

事前に会場の出版クラブホールの見学に行った。

理事役員の人たちやパネルの制作をお願いしている会社の人にも来てもらった。初めての出版クラブビルは、私のイメージとはだいぶ違っていた。

高層のビジネスビルで、クールな感じがした。

前の神楽坂にあった出版クラブ会館のほうがまだまだ文化的な香りがあり、エントランスも十分に余裕があった。

私は、この出版クラブホールを訪れる前は、やはり神楽坂の日本出版クラブ会館のようなイメージを抱いていた。

神楽坂の出版クラブ会館は、1階には喫茶室やレストランがあり、2階には会議室がいくつか設けられ、廊下でも雑談ができる余裕があった。

また3階はラウンジ形式の立食パーティーができる部屋もあった。

一言で言えば、とても暖かな感じのする会館であった。

しかし出版クラブビルは、明らかにビジネス然としたビルで、エントランスのエレベーターも豪華ではあるが、何か暖かさがない。

3階の吹き抜けの書庫も圧迫感があった。

しかし、これから、ここが出版界の諸々の集まりやイベントの中心会場だ。

ここで「編プロフェア」開催をアピールすることで、出展会社を集めると同時に、参加者をできるだけ多く募集することだ。

カラーチラシを1000枚作り、出版社700社ほどにDMをした。

メルマガを2回ほど配信した。

業界紙「新文化」にプレス記事を送った。

FacebookやTwitterに、何度も告知記事を載せた。

私なりに打てる手を打った。

しかし、本来はAJEC全体、理事会が一丸となって、取り組む行事だ。

残念ながら、そうならなかった。

大げさに言えば、「笛吹けど踊らず」、孤軍奮闘の感があった。

しかし、とにかく何とか格好はついた。

 

その日の日録。

ーーーー

2019.03.14/木

快晴

きょうは  いよいよ 「AJEC編集プロダクションフェア」の  日

午前中  メルマガで  最後の  呼びかけ

12:00  少し前  マンションを  出る

マンション下の  薬局で  花粉症用の  目薬「アルガード」を  買う

税別1,800円

昨夜  Uさんに  勧められた

さて  効果は?

文房具店「相馬屋」で  オレンジの  ラインペン4本

12:10  東京オフィスへ

ブックホルダーを  キャリアバッグに  入れて  Iくん  Tくんと  タクシーで  出版クラブビルへ

12:30  会場入り  すでに  数社の  出展会社が  来ていた

Tさん  Nさんも  いた

会場使用は  13:00から  とのことだったが  出版クラブホールの  Tさんの  好意で  12:00ごろから  出展準備が  できるように  してくれたようだ

出展各社  時間前には  展示準備を  終えてくれて  14:00に  フェアスタート

会場に  いるのは  大半が  出展社の  人間だけど  少しずつ  来場者も  来る

会場が  狭いせいか  いっぱい感は  ある

展示は  18:00までの  4時間

まんべんなく  満室感は  あった

特別講演会の  講師  三島邦弘さんは  16:00前には  会場へ  来てくれた

会場横の  廊下の  奥に  打ち合わせスペースを  事前に  作ってもらってあったので  そこで  Tさん  Yさんも  加わって  挨拶と  簡単な  打ち合わせ

三島さんは  1975年生まれ  とのことだから  44歳か

いまが  旬の  ときだろう

若いせいか  自分の  意見を  はっきり主張する  クールな  青年  といった  感じ

特別に  名講演では  なかったが  舞台を  歩き回り 白板を  使って  ジェスチャーも  交えての  話し方は  個性的

講演は  本屋への  直販を  モットーに  する  ミシマ社の  事例を  中心に  出版の  多様性を  強調する  内容だった

ふつうの出版は  委託販売  少部数出版は  買切り販売で  出版物に  よって  販売システム  下ろし率を  変える  という  やり方だ

「編集」に  ついては  どちらかというと  編プロ否定論

読者  利用者が  きちんと  よく  見えている  本作りを  すべきだ

書店が  出版をする  あるいは  出版社が  書店をやりながら  本作りを  する  形が  良いと  主張する

PHP等の  出版社を  渡り歩いた  体験から   生まれた  意見だろう

質問も  2件ほど  出た

講演参加者は  100人ほど  展示会場200人として  身内を  合わせて  300人ほどの  参加規模と  言ってよいか

エディットの  ブースは  Iくん  Sくん  Tくんが  始めから  終わりまで

Wくんは  設営から  15:00少し前まで

終わりがけと  片付けには  版元との  打ち合わせから  戻った  Aさん  Wくんも

手伝ってくれた

私は  講師の  三島さんの  応対や  知り合いの  来場者の 挨拶に  終われ  最後は  バタバタしてしまった

フェア終了後は  Tさん  Nさんと  軽く  打ち上げ

二人とも  アルコールは  全く  ダメで  会場近くの  喫茶店で  ビッグサンドイッチ

二人は  コーヒー  私は  ビールの  小瓶

けっこう  話が  弾み  20:00過ぎまで  いた

そのあと  近くで 呑んでいた  Iくん  Aさん  Tくん  S社の  Uさんと  合流

Uさんの  案内で  四川料理「川国志」へ

麻婆豆腐  焼き餃子  水餃子  紹興酒

23:00少し前  お開き

Aさんと  タクシーで  飯田橋へ

東京オフィスに  ブックボックスを  返却

神楽坂マンションには  23:30過ぎに  帰る

この1〜2か月間  ずうっと  頭に  あった  編プロフェア  みんなの  協力で  無事に  終わり  ホッとする

思っていたより  対外的には  盛会だった

しかし  私の  思いは  少し  違う

ーーーー

author:Tetsuo Kobayashi, category:仕事, 23:00
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那須白河&会津若松東山温泉〜雪見の旅ー3

会津若松  東山温泉  くつろぎ宿  新滝  起床

04:00過ぎ  目が  覚める

床の  中で  今回の  旅行の  日録

きょうは  どうするか

いずれにしろ  東京へは  帰ることに  なる

部屋の  窓を  開けたら  驚いた

外は  しっかりした  雪景色

小雪も  静かに  降っている

このあたりは  昨夜からか  明け方からか  わからないけれど  きちんと  雪が  降ったようだ

これで  今回の  旅行の  目的は  達せられる

予定では  雪祭りで  有名な  大内宿に  行こうとしていたが   ここ  東山温泉の  雪景色で  十分だと  勝手に  決めた

寒い   ところを  歩かなく  よい  

温かい  部屋から  また  露天風呂から  雪を  見ることが  できる

こんなに  楽な  ことは  ない

歳を  取ったものだ

昔なら  欲張って  あちこち  回った  と思う

06:30  朝食前に  「猿の湯」に  入る

室内大浴場も  露天風呂も  人が  いない

まさに  貸し切り

ゆっくり  風呂に  浸かりながら  

周りに  積もった雪景色や  空から  ゆっくりと  降る  雪を  眺める

風呂の中にも  舞い降りてくる

至福の  時間とは  まさに  このことを  いうのか 

風呂から  上がってからも  旅館の  窓から  雪の  風景を  写真に  撮る

08:30  きのうと  同じ  大部屋で  朝食

バイキング  種類は  豊富

09:30には  部屋に  戻り  少し  休憩

帰り支度を  して  10:30には  部屋を  出て  チェックアウト

この  旅館の  玄関には  竹下夢二や  与謝野晶子の  碑がある

竹下夢二に  至っては  ロビーの  ラウンジに  いくつか  作品も  飾ってある

だいぶ  古い  旅館だけれど  あちこちに  細かい  配慮が   なされている

料金も  高くない  しかし  風情が  ある

ここを  選んで  正解だった

雪道を  転ばないように  ゆっくり  歩いて  バス停へ

 11:07   東山温泉発の  まちなか周遊バス「ハイカラさん」で  会津若松駅へ  向かう

きのうと  同じように  史跡や  名所  観光地を  いくつか  通っていく

外は  小雪が  降っている

今回は  史跡・名所巡りの  観光は  すべて  止めた

せっかく  会津若松に  来たので  少しは  観光したかったが  雪も  降っており  諦めた

雪の  降る  中  雪道を  歩くのは  荷物も  たくさんあり  しんどいな  という  思いが  強い

せっかく  歴史ある  会津に  来ているのに  もったいないが  やはり  歳を  取ったと  思う

「温泉と雪」  これが  今回の  テーマだった

それに  徹しよう

会津若松駅も  きのうと  違って  少し  雪景色

11:58   会津若松駅発の  JR普通列車で  郡山へ

普通列車だと  郡山まで  途中  13駅に  止まる

ほとんど  無人駅

磐梯町   あたりから  雪が  深くなる

40分ほど  磐梯熱海  あたりまでは  びっくりするくらいの  本格的な  雪景色

しかし  郡山に  近づくと  すっかり  茶色の  見慣れた  太平洋側の  景色に  変わる

この  変化は  楽しめる

13:11  郡山へ  着く

新幹線乗り場へ  行き  特急券を  購入

いちばん  早いのは  13:30の 「やまびこ」号

しかし  混んでいる  ようなので  しばらく  待って

13:39の  各駅停車の  東北新幹線「なすの」に  乗る

急ぐ 旅では  ない

昼食は  「小原庄助べんとう」と  お茶

指定席  はじめは  ガラ空き  だったが  東京に  近くなって  満席に  なった

車窓の  景色からは  まったく  雪は  見えない

乾燥した  茶色の  林や  田園風景が  続く

今朝  早く  目が  覚めたせいか  少し  眠ってしまった

13:15  東京駅着  

そのまま  東海道新幹線の  乗り場へ

15:33   「ひかり」で   名古屋に  向かう

こちらの  景色も  富士山だけ  みごとな  雪化粧だが  そのほかは  山も  林も  街も  村も  田んぼも  畑も  まったく  雪は  ない

17:20ごろ  名古屋駅着

いつもの  見慣れた  風景が  目に  飛び込んでくる

2泊3日の  「雪見の旅」は  終わった

 

・露天風呂  独りの至福  小雪舞う

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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那須白河&会津若松東山温泉〜雪見の旅ー2

エクシブ那須白河  起床

エクシブの  周りは  雪は  ほとんど  ないが  部屋の  ベランダから  見える  山々は  きれいに  雪化粧している

きのう  係りの  女性が  きょうは  天然温泉大浴場「健美の湯」が  利用できると  教えてくれた

06:30ごろ  行ってみた

大浴場も  露天風呂も  たいへん  広い

想像していた  以上だ

やはり  貸し切り状態

広過ぎるせいか  なんとなく  落ち着かない

しかし  のんびりと  入浴を  楽しむ

08:00  朝食会場へ

きのうとは  別の  大部屋で  和食コース 

さすが  やはり  何組の  客が  来ていた

窓側の  席  朝日も  斜めから  少し  差し込む

料理は  1品1品  凝って  調理されている

器も  なかなかのもの  

料理は  みんな  美味しい  すべて  平らげる

部屋に  戻って  帰る  したくを  する

10:30  チェックアウト

シャトルバスの  時間を  待つ間  ラウンジで  カプチーノ

11:15   シャトルバスに  乗る

きのうと  同じ  女性の  運転手

やはり  おとなしい  運転

エクシブ那須白河は  気に入った

客が  少なかったせいも  あるが

東京から  1時間ちょっと  新白河駅からも  10分ほど

ちょっとした  気分転換に  便利だ

施設としては  古いようだ  けれど  緑と  白の  色は  上品だ

部屋も  明るい  西欧的な  感じ

敷地が  たいへん  広いのも  良い

入ってしまえば  別世界だ

また  来る  機会は  あるか  どうか  わからないが  記憶に  とどめて  おきたい

11:30前に  新白河駅へ

11:58   JR東北本線の  普通電車で  郡山へ

新幹線の  新白河駅と  東北本線の  新白河駅は  隣りどうし

ドアは  ボタンを  推して  開けるように  なっている

乗車客は  はじめ  少なかったが  郡山近くに  なって  高校生が  乗ってきて  少し  混んできた

あいかわらず  雪は  ない

12:38  郡山に  到着

駅前は  けっこう  都会風だ

12:52 発の  会津若松行きの  JR磐越西線快速に  乗る

この  快速は  最初から  けっこう  混んでいた

磐梯熱海  猪苗代  磐梯を  通るときは  周りは  けっこう  雪深くなっていた

車窓から  見る  風景は  本格的な  雪景色だ

13:58  会津若松駅  到着

会津若松駅に  着いたら  また  雪は  ほとんど  無くなっていた

駅内の  レストランで  遅い  昼食

鴨つけ蕎麦に  熱燗  1合「末廣」

15:00の  まちなかバス「ハイカラさん」で  東山温泉へ

名前どおり  街中を  くねくね  走る  バスだ

あちこち  会津若松の  観光地を  回る

30分ほどで  東山温泉に  着くと  思ったが  

予約しておいた「くつろぎ宿  新滝」には  1時間近く  かかった

タクシーなら  15分くらいの  ところ

東山温泉は  思っていたより  風情が  ある

予約した  旅館「新滝」も  歴史の  ある  温泉旅館の  ようだ

温泉風呂も  3つある

「千年の湯」「わたりの湯」「猿の湯」という  名前が  つけられている

風呂に  入る前に  温泉街を  少し  散歩

思っていたより  街の  規模は  小さい  感じ

湯川渓流沿いに  できた  山間の  温泉街

20分ほど  写真を  撮りまくり  旅館に  戻って  お風呂へ

「千年の湯」→「わたりの湯」→「猿の湯」の順に  旅館内の  温泉の  湯めぐりを  する

「猿の湯」が  内風呂  露天風呂とも  規模は  大きい

18:30  夕食会場へ

金曜日の  せいか  客は  多い

1時間半ほど  かけて  ゆっくり  食事

コース以外に  「桜刺し」を  特別注文

昨夜  エクシブ那須白河の  鉄板料理の  シェフが  

「会津若松に  行かれるなら  ぜひ  食べてください  お勧めです」

と  教えてくれた

会津の  名物料理の  ようだ

「馬刺し」は  好きな  料理の  1つ

1人前  1200円  量は  少ないが  珍味だ

旅館の  プログに

ーーーー

会津の桜刺しは【赤身】で、ニンニクがたっぷりと効いた【辛味噌】で食べて頂くのが会津流です。

当館の桜刺しは、ばらの花のようにかわいらしく盛り付けられております。

また、馬の肉を「桜肉」という所以については、昔は獣の肉を食べるのは公には禁止されていました。

そのため獣肉は、イノシシ⇒ボタン、鹿⇒もみじ 等の隠語で呼ばれていました。

馬刺しのおいしい時期が春ということで、「桜肉」と呼ばれることとなったという説と、切った肉の色から来ているという説が一般的です。

ーーーー

 21:00  「千年の湯・露天風呂」へ

眼下に  湯川の  渓流を  眺めながら  温泉に  浸かる

「わたりの湯」の  露天風呂より  少し  広い

旅館の  明かりか  少し  ライトアップされているのか  渓流の  流れが  よく  見える

急流の  せいか  流れの  音も  滝の  ようだ

渓流沿いの  露天風呂は  いままで  経験が  あったか  どうか  記憶がない

ということは  たぶん  初めてだろう

22:00  身体が  温まった  ところで  床に  着く

会津若松  東山温泉  くつろぎ宿  新滝に  泊まる

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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那須白河&会津若松東山温泉〜雪見の旅ー1

神楽坂マンション  起床

きょうから  2泊3日で  福島県へ  雪見旅行

マンションの  冷蔵庫の  中にあった  余り物で  朝食

朝風呂に  入り  11:50ごろ  マンションを  出る

12:15  飯田橋から  東京駅へ

「うなぎ弁当」  買う

13:12  東北新幹線「なすの」259号で  新白河へ

乗車客  少ない

窓からは  田園風景が  続くが  雪は  まったく  見られない

当たり前か

東北と  言っても  太平洋側は  あまり  雪は  降らない

14:36  新白河着

14:45  シャトルバスで  エクシブ那須白河へ

女性の  運転手

客は  我々だけ

10分ほどで  到着

敷地は  たいへん  広い

エクシブの  入り口門から  玄関まで  車で  けっこう  かかる

あとで  聞いた  話だが  リゾートトラストの  中では  ここの  敷地が  いちばん  広いとのこと

シャトルバスが  敷地に  入ると  日陰や  林の 中に  雪が  少し  残っている

夕食の  前に  建物の  中と  周りを  少し  散歩

周囲は  ゴルフ場を  兼ね備えている  せいか  見晴らしも  よく  きれいに  整備されている

温泉大浴場は  メンテナンスの  ため  きょうは  利用できない  とのこと

スパは  OKとのことで  スパに  入る

ジャグジー風呂  2つ  あり

両方とも  だれも  いない  貸し切り状態

きょうは  木曜日  平日だ

17:30  夕食は  鉄板コース

エクシブの  「鉄板コース」は  人気が  あり  いつも  予約できない

しかし  きょうは  17:30〜のみ  空いていた

行ってみたら  ここも  貸し切り状態

ほかに  客は  いない

「鉄板コース」は  だいたい  日本料理レストランに  併設されているが

ここ  エクシブ那須白河は  フランス料理レストランの  中にある

「鉄板料理」の  内容も  フランス系

シェフも  若い

いろいろ  おしゃべりしながら  食事

赤ワインの  ボトル  1本  開けた

こんなに  呑んで  大丈夫か

けっこう  時間が  過ぎて  帰るころには  次の  お客が  来た

食事のあと  ラウンジで  カフェラテ

やはり  客は  いない

ここは  ゴルフの  シーズンは  人が  一杯に  なるが  冬の  オフシーズンは  客は  少ない  とのこと

22:00過ぎには  床に  着く

エクシブ那須白河  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❹

2019.01.14/月

ソカシェムリアップリゾートホテル  起床

06:30  朝食  広い  会場  バイキング料理

S兄弟は  すでに  終わっていた

食べたいものを  皿に  盛って  テーブルに  運んだが  半分近く  残してしまった

まずくは  ないが  昨日も  けっこう  食べたせいか  

また  最近は  食べる  量は  確かに  少なくなった  気がする

すべての  荷物を  持って  ロビーへ

チェックアウトは  添乗員の  曽我さんが  やってくれた

08:00  時間どおり  「トンレサップ湖クルーズ」へ  出発

30分ほどで  船着場へ  到着

途中  道路も 悪く  車は  ゆっくり

車窓から  カンボジアの  一般的な  暮らしぶりを  見る

小さい頃の  田舎の  風景に  似ている

船着場は  けっこう  いろいろ  大小  たくさんの  観光船が  停まっている

その1つに  乗り込み  トンレサップ湖の クルーズへ

目的は  地元民の  水上生活の  見学

水上村には  学校  教会  警察署  ショッピングセンター  カフェ  畑など  何でも  揃っている

乾季と  雨季に  よって  すべての  施設  家々が  場所を  移動する  という

また  それぞれの  家が  さまざまな  魚を  養殖している

途中で  寄った  カフェ兼ショッピングセンターでは  たくさんの  ワニも  飼っていた

水の  上だから  とても  涼しく  過ごしやすい

トンレサップ湖は  東南アジア最大級の  淡水湖

琵琶湖の  乾季は  6倍  雨季は  10倍以上に  なるという

2時間30分ほどの  クルーズ

我々と  同じような  観光客を  乗せた  船が  頻繁に  行き交う

ここも  観光地の  一つだ

12:00  ホテルに  戻り  昼食

広い  レストランで  「クメール料理」

けっこう  美味しかった

1時間ほどで  食事を  終え  

次は  シェムリアップ市内の  中心に  ある「オールドマーケット」へ

道路に  囲まれた  100メートル四方の  施設

周囲は  観光客向けの  土産店

しかし  中に  入ると  完全に  地元民の  ための  市場  マーケット

きれいに  十字路が  できており  それぞれの  シマごとに  さまざまな  肉  魚  野菜  果物  衣服  加工品の  店が  あり  

女性が  台の  上に  乗り  さばいたり  売ったりしている

「市場」は  どこの  国も  活気が  ある

「オールドマーケット」での  時間は  40分

20分は  市場見学  あとの  20分は  土産の  買い物の  時間に  した

土産は  自分用に  仏像の  木製の  壁掛け  置き物と  アンコールワットの  置き物を  買う

これで  今回の  旅行の  訪問地は  すべて  終わり

あとは  プノンペン空港近くの  レストランで  夕食の  あと  空港へ  という  流れ

シェムリアップから  プノンペンまでは  約5時間30分  かかるという

バス内は  いちばん  後ろの  席

ここは  穴場だ

足元も  広いし  席の  リクライニングも  ビジネスクラス並み

また  高さも  あり  前方が  よく  見渡せる

仮眠も  十分に  できた

18:00ごろ  空港近くの  中華レストランへ

ここも  広い

夕食は  「中華料理」 

ここも  たいへん  美味しかった

もう  外は  真っ暗

19:00ごろ  プノンペン空港へ

オールドマーケットで  買った  土産品を  トランクに  詰めて  長袖の  シャツに  着替える

チェックイン  搭乗検査  ぶじに  終わり  搭乗エリアへ

プノンペン空港  規模は  小さいが  きれい

人も  少ない

1時間ほど  ラウンジで  休憩

ジュース  コーヒーを  飲みながら  日本へ  メール

Wi-Fiが  つながれば  日本と  全く  同じように  メールも  インターネットも  できる

充電も  行う

搭乗集合時間は  22:20

21:20過ぎ  ラウンジを  あとにして  空港内の  土産売り場へ

Tシャツ  置き物  小物入れを  買う

22:20の  搭乗集合時間に  少し  遅れてしまった

ANA818便に  乗り込む

席は  7A  来るときと  同じ

また  今回も  ありがたいことに  隣は  空席

行きと 同じように  機内手荷物や  カメラ類の  置き場に  させてもらった

22:50  時間どおりに  飛行機は  動き始めた

これから  所要時間:5時間40分の  フライト

来るときは  所要時間:6時間50分

1時間10分  短い

時差の  せいか

冷たい タオル  飲み物が  出たあと  機内は  すぐに  消灯

外は  真っ暗

しばらく  席前の  画面で  NHKニュース  ビデオ映像を  見ていたが   1時間ほどで  スイッチを  切って  座席を  真横にする

ビジネスクラスは  これが  できるから  ありがたい

2〜3時間  仮眠しただろうか

04:00ごろ  起こされる

食事は  来るときと  同じ  洋食を  注文

しかし  1/3近く  残してしまった

06:30  予定どおり  成田空港に  到着

外は  まだ  暗い

入国審査も  電子的に  自動化ゲートで  できて  すぐに 終わる

機内預け荷物の  トランクも  すぐに  出てきた

手荷物  トランク  すべてを  持って  空港出口へ

やはり  寒い

長袖  ブレザーは  着用していても  やはり  たいへん  寒い

民間駐車場からの  迎えの  車が  来るまで  できるだけ 空港の  室内で  過ごす

外は  だいぶ  明るくなってきた

07:30ごろ  民間駐車場で  S兄弟の  車に  乗り換え  一路  東京へ

運転は  弟の  Nくん

途中  渋滞に  巻き込まれたが  09:30ごろには  神楽坂に  ぶじに  着いた

荷物の  片付けも  そこそこに  冬用に  着替えて  とりあえず  布団の  中へ

あ〜  アンコールワット旅行も  これで  無事に   終わった

行く前は  咳も  ひどく  体調も  良くなかった大丈夫かなと  いろいろ  不安で  心配したが  

旅行中の  体調も  思っていたより  まあまあ  良い  状態だった

旅も  トラブルは  ほとんど  なく  思った  以上に  十分  楽しんだ

トラブルと  言えば  ビデオカメラの  タッチパネルが  旅行の  途中で  動かなくなったくらいか

撮影は  問題なく  できた

あとは  撮影データの  取り出しを  どうするか  気にはなっているが  とにかく  「良かった  旅行」と  思う

プノンペン  シェムリアップ  ナイトツアー  アンコールトム  アンコールワット  トンレサップ湖  オールドマーケット  それに  食事  ホテル  いずれも  楽しむ  ことが  できた

ツアーの  同行者とは  ほとんど  話は  しなかったが  それも  気に  しないで  済んだ

ガイドの  パシットさんも  添乗員の  曽我さんも  よく  やってくれた

今年  厄年の  最初の海外旅行  カンボジア・アンコールワットの  旅

良い  思い出に  なるに  違いない

カンボジアは  つい最近まで  たび重なる  内戦で  

混乱と  悲劇に  まみれた  国であることを  知識としては  知っている

また  国としても  まだまだ  貧しい

物乞いの  少女たちの  姿に  垣間見ることは  あったが  

たったの  5日間  それも  遺跡巡りの  観光ツアーの  旅だ

美味しいものを  食べ  豪華な  ホテルに  泊まり  

現地の  人との  交流は  ガイドさんだけ

それで  何が  わかると  いうのか

ただただ  「気分転換」に  なっただけだ

でも  いまの  自分には  「それで良し」と  するしかない

トンレサップ湖の  水上生活村見物に  行ったとき  

船乗り場で  私の  顔写真を  いつのまにか  撮って  

2時間後  帰りの  バス乗り場近くの  降船場に  帰ったとき  

中皿に  私の  写真を  貼り付けて  「5ドルで  買ってください」と

私に  売りつけてきた  少女が  いた

私が  バスに  乗るまで  離れなかった

私は  その皿を  最後まで  買わなかった

買うのを  拒否した

胸まで  押し付けてきた  手を  無理やり  払い退けた

バスの  中で  後悔した

500〜600円の  ことだ

「買ってやれば  良かったかな」と  反省した

いまは  その子に  謝りたい  気持ちが  少し  ある

写真は  おもちゃの  デジカメみたいな  もので  勝手に  撮った

しかし  我々が  水上村ツアーから  どこに  いつ  帰ってくるのか  知ってはいただろうが  

撮影したあと  2時間経って  私を  見つけて  私の  写っている  写真皿を  売りに来る

たぶん  いつも  同じことを  やっているのだろうから  彼女に  とっては  売れなくても  当たり前と  思っているかもしれない

しかし  あとで  考えてみたら  すごい  パワーだ

また  その  しつっこさは  必死な  だけに  哀れだ

小学生くらいの  彼女たちは  こうした  「物乞い」を  して  生活を  支えている

今回の  旅行で  至るところで  見てきた

バスに  乗ったあと  可哀想な  思いが  強く  なった

今回も  私は  たくさんの  写真を  撮った

しかし  自分の  写っている  写真は  ほとんどない

その  意味でも  「買ってやれば、良かったなあ」と  いまも  後悔している

そんな  思い出も  今回の  カンボジア・アンコールワットの  旅行は  残してくれた

 

・思ったより  水上暮らし  不便なし

・水上村  ホテルがあれば  泊まりたい 

・子どもたち  自転車代わりの  小舟漕ぐ

・水上レストラン  ワニもヘビも  食糧か

・なぜ買わぬ  少女の撮った  写真皿

・マーケット  外は旅行者  中は地元民

・市場には  肉  魚  野菜  果物  衣服  なんでもあり

・若い娘が  慣れた手つきで  魚さばく

・台に乗り  男座りで  肉を売る

・マーケット  店仕切るのは  女性たち

・お土産は  菩薩の顔と  ワットの置き物

・店の人  値切り過ぎたか  嫌な顔

・さようなら  シェムリアップ  遺跡の街

・バスの旅  夕陽に染まる  椰子畑

・旅の最後  中華料理で  晩ご飯

・プノンペン  きょうも渋滞  人も車も

・空港で  少し着替え  長袖に

・搭乗の  手続き終わり  ラウンジへ

・ Wi-Fiで  日本にメール  なんと便利か

・真夜中の  フライトも楽  ビジネスシート

・5日前  冬から夏へ  カンボジア

・1月の  5日間の  夏休み

・成田空港  夏から冬へ  舞い戻り

・さようなら  トンレサップ湖  皿売り少女

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❸

2019.01.13/日

ソカシェムリアップリゾート  起床

まだ  外は  真っ暗

05:30  長袖を  着て  懐中電灯を  持って  ホテルの  ロビーへ

もうすでに  みんな  集合している

バスで  15分ほど  アンコールワットに  到着

まだ  暗い

懐中電灯  役に 立つ

はじめ  見物人は  意外と  少ないなと  思ったが  

アンコールワットの  外掘の池を  渡り  西門の  中に  入ると  

すでに  大勢の  人が  朝日に  浮かぶ  アンコールワットの  鑑賞に  来ていた

とくに  第一回廊前の  池の  周りには  びっくりするくらい  人が  集まっていた

やはり  アンコールワットの  朝日鑑賞は  遺跡観光の  目玉に  なっているのだ

この  場所は  池に  シルエットで  浮かぶ  アンコールワットの  3つの  塔と  

遺跡の  背景から  登ってくる  朝日を  見るには  

いちばん  良い  ポイントの  ようだ

東の  空が  赤白く  明けてきた

朝日は  多少  雲が  かかり  完全な  形では  ないが  

やはり  幻想的な  景観では  ある

アンコールワットの  朝日鑑賞が  定番コースに  なっている  理由が  納得できる

06:30ごろまで  あちこちに  移動して  写真を  撮りまくった

そのあと  07:00  ホテルに  帰り  慌ただしく  バイキングの  朝食

部屋に  戻り  本格的な  遺跡めぐりの  したくを  して  ロビーへ

予定どおり  08:10  出発

まずは  「アンコールトム」へ

途中  小型バスに  乗り換える

アンコールトムは  アンコールワットより  圧倒的に  広い

アンコールトムは  遺跡というより  遺跡群を  中心とした  1つの  街と  言ったほうが  良い

案内パンフにも  「世界遺産  王と  神の  都市」とある

ーーーー

アンコールトムとは「大きな街」という意味で、まさにその名のとおり。

1辺3kmの城壁に囲まれた大型の城塞都市。

アンコール・トムの内部は中央にバイヨン寺院、

そのバイヨン寺院の北に王宮や美しいテラスなどの遺跡群がある。

時の王、ジャヤヴァルマン七世は

ベトナムのチャンパ軍によって破壊された王都を再建し、

仏教による「神都」として再生させた。

(ネットより引用)

ーーーー

と  ネットの  解説に ある

遺跡観光は  まずは  この「南大門」から  スタート

巨大な  観世音菩薩の  四面仏塔が  みごとと

ガイドブックの  説明に  あるが  

南大門の  入り口の  陸橋には  左右対象に  たくさんの  像が  整然と  並んでいる

次の  解説にも  あるが  54体ずつ  計108体  あるようだ

首が  斬られている  像も  多い

宗教性と  歴史を  感じさせる  入り口だ

この橋を  渡って  アンコールトムの  城内に  入っていく

ーーーー

城郭都市アンコールトムへの入口は四方にあるが、

そのなかで最も立派な門がこの南大門。

高さ20メートルの巨大な門は、

繁栄の極みにあった城郭都市の入口にふさわしい風格と威厳に満ちている。

南大門へと続く陸橋の両側には、神々と阿修羅がナーガの胴体を引き合う像(54体ずつ計108体)がある。

(ネットより引用)

ーーーー

当時は  人びとを  圧倒した  城門だった  ようだ

観光客の  中には  本物の  インド象の  背中に  乗って  南大門を  くぐっていく  人も  いる

次は  「バイヨン寺院」へ

ここは  アンコールトム遺跡の  中心で  「クメールの微笑」と  言われる  四面仏塔が  有名

四面とも  観世音菩薩の  顔だけが  彫られている

ーーーー

バイヨン は、カンボジアのアンコール遺跡を形成するヒンドゥー・仏教混交の寺院跡。

アンコール・トムの中央付近にある。

バイヨンの  バは「美しい」という意味、ヨンは「塔」の意味を持つ。

(ネットより引用)

ーーーー

「微笑している  顔」と  言われたら  そんな感じも  するが  

みんな  「瞑想している  顔」と  言ったほうが  ぴったりする

とにかく  でかい  顔が  あちこちに  並んでいる

そのあとは  「パブーオン」という  寺院へ

 「子隠し寺」と  言われる  

ーーーー

バプーオンは「隠し子」という意味だそうだ。

バプーオンは、ウダヤディティヤヴァルマン2世の頃、

11世紀中ごろに作られたヒンドゥー教シバ派の寺院。

3層からなるピラミッド型の寺院だが、

バプーオンで目を引くのは、何と言っても池の中央を通る参道、空中参道。

この池と参道があるために、比較的単調なピラミッド型寺院が非常に優美に見える

(ネットより引用)

ーーーー

そう  ネットの  解説には  あるが  

ツアーの  みんなに  着いて  行くだけで  必死

ゆっくり  観察できない

頭に  ほとんど  入っていない

だだ  「空中参道」は  記憶に  ある

高さ  1メートル  幅  3メートルほどの  長い  石の  橋だ

そして  次は  「ピミアナカス」という  遺跡へ 

ピラミッド型の  寺院だ

ーーーー

11世紀初頭、スールヤヴァルマン一世が建立。

ピラミッド型の建造物で天上の宮殿という意味がある。

ラテライトで3層に積み上げられ祠堂が上にのっている建造物。

その中央塔には9つの頭を持った蛇ナーガ(蛇神)が宿り、女性に姿を変え、

王は夜な夜な女性(ナーガ)と交わらなければならなかった。

もし一夜でもこの行為を怠れば、王は早死にすると信じられていた、という伝説がある。

(ネットより引用)

ーーーー

たいへんな  話だ

ヒンドュー教は  女性優位の  思想の  ようだ

「ナーガ」は  古代インドの  神話に  起源を  持つ  蛇神

アンコールトム  アンコールワットでは  あちこちに  見かける

次は  「象のテラス」へ

躍動感の ある  象の  彫刻が  有名

ーーーー

12世紀後半、ジャヤヴァルマン七世によって創られ、

王族の閲兵などに使われた王宮前にあり、

高さ3m、長さは300m以上、

東側壁には、その名のとおり象のレリーフが見られ、

また中央ブロック側壁にはガルーダ像レリーフがならんでいる。

300m以上の壁に象、ガルーダの彫刻が並んでいる光景は壮観。

めずらしいものだと思ったのは

テラス中央の階段にある象の鼻が蓮の花を摘んでいる柱になっていること。

(ネットより引用)

ーーーー

「ガルーダ」は  インド神話に  登場する  炎の  ように  光り輝き  熱を  発する  神鳥とのこと

像の  彫像は  見かけたが  遠くから  だけだったので  印象に  残っていない

次は  「ライ王のテラス」へ

ーーーー

ライ王のテラスは、12世紀末にジャヤーヴァルマン7世が建てたもの。

もともとテラスの原型があったところに再建築したとされるもので、一辺は25m、高さは6mある。

新しいテラスの奥に古いテラスが残り、二重の壁面になっている。

このテラスでは15世紀に像が発見され、この像から「ライ王のテラス」と言われるようになった。

しかし発掘が進み、現在は、この像はお尻に刻まれた文から、閻魔大王であったことが判明している。

ライ王のテラスの壁面には、たくさんの壁画が刻まれている。

女性の神や剣を持つ神や冥界の神など神々、蛇や象や蟹などの姿もある。

広い壁面に細かくぎっしりと描かれており、見ごたえのあるものになっている。

また、二重の壁面の間が通路になっていて、新、旧の彫刻の違いをみることができる。

なお、このテラスにある閻魔大王の像は、現在はレプリカのもので、オリジナルは首都プノンペンの国立博物館の中庭にある。

(ネットより引用)

ーーーー

ネットの  解説には  そう  あるが  全く  記憶が  ない

ツアーの  みんなに  くっついていく  だけで  必死だった

しかし  次の  「タ・プローム」は  よく  覚えている 

巨大な  ガジュマルの  根に  覆われた  遺跡

ーーーー

12世紀末にジャヤヴァルマン七世が仏教寺院として建立。

後にヒンドゥー教寺院に改修されたと見られる。

東西約1000m南北約700mのラテライトの壁に囲まれた敷地の中にある。

この遺跡は、樹木に覆われた発見当時の様子を残すために樹木の除去などの修復をしていない。

しかし状態を保つためのメンテナンスは行われているようだ。

遺跡を侵食する樹木。

その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけられる。

(ネットより引用)

ーーーー

私の  好きな  女優アンジェリーナ・ジョリーの  主演映画「トゥームレイダー」の  ロケ地に  なった  ところだ

あちこちの  遺跡を  大蛇のような  樹木が  侵食し  覆い被さっている

アンコール王朝が  滅び  人びとが  居なくなってから  さらに  たいへん  長い  年月が  経ったことを  如実に  物語る  ちょっと  空恐ろしい  不思議な  光景だ

ガジュマルの  大樹が  遺跡群を  支配して  「ここは  俺たちの  土地だ」と  主張している  そんな  自然の  生命力を  感じさせる  印象的な  世界だ

この  「タ・プローム」は  写真や  絵はがきでも  よく  見る  光景だ

次は  「テップブラナム遺跡」

ーーーー

テッププラナムは王宮の北側に位置する遺跡である。

幅の広い参道の両側には獅子の像が見られる。

(ネットより引用)

ーーーー

記憶に  全くない

次の  「プリアピトウ遺跡」

ーーーー

王宮跡の近くにプリアピトウと呼ばれる12世紀初頭に創建された5つの神殿とふたつのテラスからなる寺院遺跡がある。

遺跡は修復工事が全くされておらず、周りは鬱蒼としたジャングルに囲まれている。

(ネットより引用)

ーーーー

これも  記憶に  ないなぁ

しかし  次の  「バンデアイ・スレイ」は  覚えている

東洋の  モナリザ  と称される  デヴァダー像が  有名

ーーーー

967年、ラージェンドラヴァルマン二世が建設を始め、ジャヤヴァルマン五世の時代に完成したヒンドゥー教寺院。

実質上の建立は、摂政役の王師ヤジュニャヴァラーハが行った。

バンテアイ・スレイは「女の砦」を意味する。

寺院は赤色砂岩とラテライトで築かれ、規模は小さいが、精巧で美しい彫刻が全面に刻まれている。

(ネットより引用)

ーーーー

「精巧で美しい彫刻」が  記憶に  ある

アンコールトムや  アンコールワットは  あらゆる  壁面に  

これでもか  というくらい  たくさんの  細やかな  彫刻が  されている

しかし  ここが  いちばん  芸術的にも  素晴らしい  と言われる

《アンコールワット  遺跡群ガイド》

https://angkorwat.jp/phimeanakas.html#contents

アンコールトムの  遺跡めぐりが  終わったのは  14:00近く

とにかく  よく  歩いた

アンコールトムは  ヒンドュー教と  仏教の  遺跡が  入り混じっている

1回だけの  数時間の  散策では  よく  わからない

身体は  汗が  吹き出している

着衣も  水を  浴びたように  汗で  びっしょり

ピシットさんの  話では  アンコールトムの  遺跡  8か所を  回った  ようだ

上の  遺跡の  記事は  今回の  旅行日程表や  ネットから  引っぱり出して  特徴を  引用させてもらった

確かに  旅行日程表に  ある  8か所だ

しかし  観光客も  多く  

遺跡の  階段や  石碑の  あいだの  道を  

皆に  遅れないように  着いていくだけで  必死だった

鑑賞も  見学も  ほど遠かった  感じだ

ただ  とりあえず  巡った  印象では  

壁や  塔の  あらゆる  ところに  仏像や  ヒンドゥー教の  神々  当時の  人々の  暮らしが  

丁寧に  丁寧に  彫られており  

当時の  信仰心の  深さ  文化の  高さ  

また  人びとの  余裕  ゆとり  安穏の  あった  暮らしぶりを  

垣間見る  ことが  できたのは  確かだ

日本から  4200km  飛行機で  6時間  離れた  この地で  

いまから  1000年も  前に  

これほど  栄えた  文化や  暮らしが  600年も  続いたことに  

感動を  超えて  驚きと  ショックを  受けた

昼食は  シェムリアップ市内の  レストランで  フランス風の  「洋食」

ここも  美味しかった

午後は  いよいよ  アンコールワットの  見学

アンコールワットは  「天空の  楽園」と 呼ばれ  ヒンドュー教の  寺院

12世紀の  アンコール王朝の  栄華を  いまに  伝えている

その  威風堂々たる  景観は  やはり  印象的で  忘れられない

西門前の  参道から  全景を  見ながら  第一回廊  第ニ回廊と  回る

回廊の  壁に  びっしりと  丁寧に  掘られた  壁画群は  見事としか  言いようがない

人々の  暮らしは  もちろん  

古代仏教の  説話や  ヒンドゥー教の  世界観が  

これでもかと  言わんばかりに  壁一面に  彫り込まれている

ガイドの  ピシットさんの  解説も  丁寧で  熱が  こもっていた

また  門や  塔の  石壁や  柱に  掘られた  女性像も  目立った

女性像  だれ一人  同じ  姿  形は  ない

しかし  胸は  共通して  みんな  豊満だ

見学は  けっこう  ゆっくりだった

それは  アンコールワットから  夕陽を  眺めるための  時間を  稼ぐ  ためでも  あったようだ

ワット内の  帰り道  隅っこの  林の  そばを  通るが  

野生の  猿たちが  けっこう  たむろしている

木に  ぶら下がったり  毛づくろいしたり  ゴミを  漁ったり  している

やっぱり  ここは  南アジアだ

18:00くらいに  西門に  戻る

水を  満面に  溜めた  池(水濠)の  ほとりに  腰を  降ろして  

夕陽が  沈みかけるのを  待つ

ガイドには  「夕陽に  染まる  アンコール遺跡群」  とあるが  

ここからでは  遺跡は  後方に  あり  夕陽と  一緒には  見られない

夕陽は  西門の  水濠から  さらに  西に  広がる  林の中に  沈みかけていく

朝と  同じく  雲が  少し  かかっており  クリアな  夕陽では  ない

しかし  空を  朱く  染めて  沈んでいく  夕陽は  やはり  悪くない

帰りは  やはり  池の  浮橋を  渡って  バスの  待つ  場所へ

帰り  けっこう  歩く

途中  途中に  物売りの  子どもたちに  まとわりつかれる

女の子が  圧倒的に  多い

今回の  カンボジア旅行で  初日の  「ワットプノン」から  すべての  観光地で  見かける  光景だ

Tシャツや  織物の布  絵はがき  写真集  地元の  アクセサリー  土産品などを  

たくさん  手に  持って  

「買ってくれ」 「買ってくれ」と  懇願される

カンボジア語(クメール語)は  全く  わからないが

ジェスチャーから  明らかに  そう  言っている  そう  訴えている  ことは  間違いない

彼女たちは  観光客の  移動と  ともに  着いてきて  

観光客が  バスに  乗るまで  離れない

大昔  インドや  インドネシアの  旅行で  

こうした  物売りの  女性や  子どもたちに  囲まれて  困ったことが  あり  

それ以来  できるだけ  無視する  ことに  している

いまの  日本では  決して  あり得ない  光景だ

しかし  未だに  アジアの  観光地では  当たり前の  ように  繰り広げられている

貧しい  人たちは  どんどん  貧しくなっているのか

貧困の  被害は  真っ先に  子どもたちに  行く

遺跡の  印象より  物乞いの  少女たちの  光景が  強く  心に  残る

彼女たちを  無視して  アンコールワットを  あとに  して  バスに  乗り込む

バスは  泊まっている  ソカシェムリアップリゾートホテルの  別棟の  夕食会場へ

今夜は  バイキングを  食べながら  

カンボジアの  宮廷舞踊  「アプサラ」ダンスショーを  楽しむ  趣向だ

「天女の舞」が  有名とのこと

会場は  とても  広かった  ホテルの  プールテラスだ

ショーの  舞台も  プールの  手前に  ある

バイキング料理は  美味しくなかった

暗かったせいか  どんな  材料を  使った  料理か  よく  わからなかった

ほとんど  口を  付けなかった

アプサラダンスショーも  まだ  若い  10代の  若者たちの  演技で

それも  素人っぽい  ぎこちない  決して  上手とは  いえない

期待外れの  「ナイトショー」だった

2時間ほどで  退席して  同じ  敷地内に  ある  ホテルへ 

自分の  部屋に  入り  風呂の  準備を  しながら  トランクと  衣服類の  整理

けっこう  時間が  かかる

明日は  8:00に  集合して

オプションツアーの  「トンレサップ湖クルーズ」に  参加する

そして  夜には  プノンペンに  帰り  

22:40発の  ANAで  日本に  帰る  予定に  なっている

23:00近く  風呂に  入り  身体も  丁寧に  洗う

ホテルの  泊まりは  きょうで  最後

06:00に  目覚ましを  セットして  就眠

23:30過ぎ  ソカシェムリアップリゾート  泊まり

 

・4時起きて  朝日鑑賞  古希過ぎて

・暗闇の  遺跡に続く  石畳み

・夜明け前  人ひとひとが  朝日待つ

・椰子の木が  三塔挟んで  陽が昇る

・逆光に  浮かぶ3つの  シルエット

・朝日射し  アンコールワット  池浮かぶ

・名物の  朝日鑑賞  それなりに

・陸橋の  両脇の像  108体

・南大門  くぐる前に  像にらむ

・インド象  のっしのっしと  客乗せて

・クメールの  壁に彫られた  暮らし跡

・顔だけの  菩薩の像が  四面に

・瞑想を  微笑みという  ガイドには

・登り下り  遺跡巡りも  大変だ

・なぜ変えた  ヒンドューから  仏教へ

・仏教は  ヒンドゥー教の  一派らしい

・大樹は  遺跡を包み  さらに空へ

・精密な  石の彫刻  あちこちに

・アンコール  トムとワットは  寺と街

・遺跡群  あらゆるところに  壁画あり

・あちこちに  上半身裸の  女性像

・胸同じ  顔やすがたは  違っても

・王までも  夜な夜なナーガに  ヒンドュー教

・おおらかな  教えはなぜか  ヒンドュー教

・森に沈む  ワットの夕陽  ゆっくりと

・夜明けから  遺跡を巡って  陽が沈む

・土産売る  少女の顔に  心痛む

・いつまでも  必死にせがむ  どこまでも

・10ドルを  5ドルに値切って  Tシャツ2枚

・写真撮る  金よこせと  しゃがみ込む

・遺跡より  心に残る  物乞い少女

・ナイトショー  食事も舞踊も  いま一つ

・1日で  2万歩以上  歩くとは

・旅の快調  湯船の中で  感謝する

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❷

2019.01.12/土

カンボジア「リバーパレスホテル」  起床

06:00に  朝食  バイキング

荷物の  整理は  昨夜  済んでいる

安心して  食卓に

なぜか  きょうも  洋食系に  した

07:40  時間どおりに  バスで  出発

午前中は  「プノンペン市内観光」に  なっている

きのう  「ワットプノン」に  行っている  

きょうは  「王宮」と  「シルバーパゴダ」

「王宮」は  カンボジア国王の  宮殿  住居地

建物は  黄金色が  目立つ

住居だけでなく  「王様」が  お参りする  寺院や  宝物館なども  ある

これらも  黄金色に  囲まれている

宮殿で  あっても  ほとんど  観光客に  開放されている

けっこう  広い  また  たいへん  きれい  

まだ  朝  早いせいか  訪れる  客は  我々だけ

静かだ  警備の  人も  ほとんど  いない

「王様」の  実際の  住居は  宮殿の  奥まった  ところに  ある

すぐ  前に  旗が  風に  なびいている

旗が  あるということは  

「王様」は  きょう  ここに  滞在している  

ということを  表している

カンボジアの  歴史は  複雑だ

近代に  なってから  共和制や  共産制に  なったりしている

いまは  立憲君主制で  落ち着いているが

過去は  戦乱が  長く  続いた

「シルバーパゴダ」は  床に  5000枚以上の  銀の  タイルが  敷き詰められている  仏教寺院

王宮に  隣接しており  宮殿内で  つながっている

王室の  祖先を  祀るために  建てられた

大部分は  絨毯で  隠れているものの  端の  ほうで  銀板を  見ることが  できる

内部には  正式名称の  由来と  なった  エメラルドの  仏像を  はじめ  

黄金の  宝冠仏  仏陀の聖骨がおさめられている

脱帽して  靴を  脱いで  参拝

中は  涼しい

近くに  かつて  名を  馳せた  「シアヌーク殿下」の  墓も  ある

宮殿  プノンペンを  あとに  して  アンコールワットの  ある  「シェムリアップ」へ  向かう

途中  バスで  3時間  「サンボー・プレイクック遺跡」に

2017年に  新たに  世界遺産に  なった  新名所

カンボジア  3番目の  世界遺産

6世紀  後半から  8世紀に  建造された  遺跡群

アンコールワットより  だいぶ  古い

遺跡は  林の中に  点在している

規模は  小さい

観光客も  ほとんど  いない

枯れ葉を  踏みながら  1つひとつの  遺跡を  徒歩で  回る

身体が  汗で  一杯に  なる

カンボジアは  こうした  遺跡が  あちこちに  点在している  ようだ

レンガや  石で  造られた  建造物だけに  朽ちてはいるが  それなりに  残っている

遺跡は  塔が  中心

八角形の  造りが  特徴

入り口に  獅子の  像が  2対

日本の  神社の  狛犬と  似ている

外壁には  細かな  彫刻も  ある

塔の  天井は  空いている

空が 見える

けっこう  高い

真下には  リンガ(男性器)と  ヨニ(女性器)を  意味する  丸い  石頭と  台座が  ある

ヒンドゥー教の  教義の  1つ

リンガの  上から  水を注いで  ヨニで  受け止めると  「聖水」になる  と言われている

宗教儀式に  よく  使われていた  とのこと

ダフルリンガも  あるというから  面白い

「サンボー・プレイクック遺跡」の  あと  さらに  バスで  3時間  

「アンコール大橋(スピアンプラプトス》」へ

アンコールワットから  地方寺院まで  伸びる  幹線道路   通称「王道」の  一部に  造られた  橋

アンコール時代の  石組みの  大橋

5分ほど  見て  写真だけ  撮って  シェムリアップへ

18:00少し前に  到着

途中  シェムリアップの  入り口で  アンコールワットの  入場券を  ガイドの  ピシットさんが  手配

アンコールワット遺跡群を  見学する  ためには  アンコールパス(Angkor Pass)と  呼ばれる  入場券が必要

入場券の  種類は  1日券  3日券  7日券の  3タイプが  ある

1日券は  37ドル  3日券は  62ドル  7日券は  72ドル

我々は  1日入場券

入場券には  すべて  一人ひとり  顔写真が  必要で  

受付窓口で  顔写真を  撮られる

入場券は  すぐに  出来上がってきた

これが  ないと  アンコールワットや  アンコールトムの  遺跡群は  見学できない

あちこちに  遺跡が  あり  その施設に  入るとき  見せる  必要がある

「無くさないで  欲しい  明日  必ず  持参して  欲しい」と  ピシットさん

 ホテルに  入る前に  夕食

きょうの  料理名は  「タイスキ」

タイ料理の  すき焼き

魚介類や  薄切り肉  野菜などを  湯炊き  

たれを  つけて  食べる  鍋料理

ビール  大瓶1本

汗を  たっぷり かくと  どうしても  ビールが  飲みたくなる

あれほど  今回の  旅行は  一滴も  アルコール類は  飲まないと  決めたのに  きのう  初日から  守られていない

「タイスキ」  なかなか  美味しかった

食欲が  少し  出てきたのか

夕食後  ホテルへ

ホテル名は

「ソカシェムリアップリゾート&コンベンションセンター」

1年半前に  できた  豪華な  ホテル

大きく  3棟に  分かれ  ナイトショウや  国際会議なども  開かれる

きょうも  真ん中の  棟で  カンボジア政府  主催の  国際会議が  開催されている  とのこと

テーマは  わからない

きょうと  明日は  ここに  泊まる

部屋は  3階の  「1222」号室

休む  暇も  なく  20:00からの  オプションツアー「ナイトウォーカー」に  参加

ツアーは  楽だが  時間の  自由は  ない

今回の  ツアー客25名の  うち  16名が  参加

「昼の  遺跡めぐりとは  違う  夜の  にぎわいの  シェムリアップを!」

と  題しての  ナイトツアー

まずは  徒歩で  ホテル近くの  夜店市場へ  

規模は  大したことは  ない

カンボジアでは  常食に  なっている  アヒルの  卵や  カエル  バッタ  サソリ  蛇などの  揚げ物類  ペットボトル入りの  ガソリンなどが  売られている

観光客は  ほとんど  いない

近隣住民の  屋台か

バイクで  買い出しに  来る  人も  いる

次に  バスで  向かったのは  シェムリアップの  繁華街

まずは  「ナイトマーケット」

途中で  バスから  降りて  歩く

長い  列が  続く  人も  いっぱい

こちらは  けっこう  観光客が  多い

品物に  値段の  表示は  ない

お互い  交渉して  値決めする  やり方

だいたい  相手の  最初の  提示額の  半値が  相場らしい

しかし  交渉している  時間は  ない

次に  「パブストリート」街の  見学

「ナイトマーケット」の  すぐ  近く

徒歩で  向かう

バイクや  トゥクトゥク  車が  ひっきりなしに  通る

信号は  ない

集団で  道路を  渡る

ナイトマーケットや  パブストリート

温暖湿潤な  東南アジア諸国の  都会には  こうした  夜の  街が  あちこちに  ある

クーラーなどの  ある  家や  お店は  少ないから

夜は  こうして  外に  出て  時間を  潰すのだろう

パブストリート  

ここは  完全に  観光化され  欧米人の  若者で  賑わっている

女優の  アンジェリーナ・ジョリーが  シェムリアップ滞在中  よく  通っていた  という  

名物バー「レッドピアノ」

その  2階席で  1ドリンク  「ライムジュース」

あとで  わかったことだが  

この  お店の  名物は  アンジーが  いつも  飲んでいた  お気に入りの  カクテル

その名も  「トゥームレイダー」

ーーーー

オレンジの風味が効いたホワイトリキュール(コアントロー)を、ライムジュースとトニックウォーターで割った爽やかな味わい。程よい甘味が、遺跡巡りで疲れた体に沁みわたるようで、暑いシェムリアップの夜にオススメのカクテルです。

ーーーー

と  ネットに  あった

ガイドの  ピシットさんは  アンジーが  オーナーの  店と  言っていたが  どうも  そうではなさそう

場所は  パブストリートの  四つ角に  あり  

入り口は  右も  左も  オープン

2階も  同じく  窓は  なく  風が  よく通る

開放的な  店だ

パブストリートは  真夜中まで  若者たちが  たむろする  とのこと

帰り  歩いていても  どの  お店も  ビートの  効いた  音楽が  かかり  

外国人  それも  白人系の  若者で  いっぱい  服装も  ラフ

1時間ほどの   見学で  パブストリートを  あとに する

バスの  待っている  場所まで  けっこう  歩く

ところが  着いてみると  バスは  エンジンは  かかっているのに  動かない

クラッチギアの  調子が  おかしいようだ

運転手の  ペットさんが  運転席の  下を  開けて  必死に  修理しようと  している

ガイドの  ピシットさんや  添乗員の  Sさんは  代わりの  車の  手配など  いろいろ  慌てている

我々は  様子を見るしかない

どうなるか  流れに  任せるしかない

しかし  きょうも  たくさん  歩いたせいか  

腰を  かけたいが  なかなか  見つからない

相好しているうちに  運転手の  ピットさんが  自力で  修理して  動くように  なった

ピットさんの  腰を  裸にして  頑張っている  姿は  責任感の  強さを  感じる

我々が  来てから  修理に  15〜20分ほど  かかったようだが  

バスは  何もなかったように  ソカシェムリアップリゾートに  着いた

22:00ごろに  なっていた

部屋に  戻り  明日の  衣服を  決めて  荷物を整理する

風呂の  お湯は  きのうとは  打って変わって  勢いよく  出てくれた

明日の  予定は  たいへん

今回の  旅行の  中心テーマ   アンコールワットの  遺跡めぐりだ

まずは  早朝の  アンコールワットの  朝陽に  浮かぶ  景色を  鑑賞するため  

05:30に  ホテルを  出ることに  なっている

そのあと  ホテルに  いったん  戻り  

朝食の あと  08:10に  アンコールトム  アンコールワットの  遺跡見学に  行くことに  なっている

荷物整理の  あと  入浴

きょうも  よく歩いた  

万歩計は  10,304歩

広い  バスタブに  シャワー室も  別に  あり  広い

石鹸で  身体を  よく  洗い  ゆっくり  お湯に  浸かる

入浴後  目覚ましを  04:00にして  睡眠

 

・朝早い  時間も厳守  ツアーの旅

・王宮は  どこも同じ  黄金色

・宮殿は  意外に質素  暮らしぶり

・アンコールワットの  予行演習か  サンボー・プレイクック遺跡

・遺跡には  ヒンドゥー教の  リンガとヨニ

・エロスより  聖なるものか  男女の交わり

・いまは蜜林  乾いた池に  暮らしの跡

・アンコール橋  石のアーチが  今も支える

・蛇  カエル  夜店に並ぶ  サソリまで

・道路にも  人ひと車  トゥクトゥクも

・最後には  半値になる  ナイトマーケット

・どこも似ている  アジアの夜の  繁華街

・白人の  男女ばかり  パブストリート

・遺跡の村  いまは国際都市  シェムリアップ

・もう一度  「トゥームレイダー」  観てみよう

・欧米の  若者の街  夜のアジアは

・終わりは  いつも手合わせ  ソーム・オークン(どうもありがとう)

 

ソカシェムリアップリゾート  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❶

2019.01.11/金

いま06:45  これから  神楽坂を  出発

いま  一緒に  行く  S兄弟の  迎えの  車を  待っている  ところ

06:56  S兄から  LINEあり

ーーーー

高速おりました。いつもの交差点にお願いいたします。

ーーーー

07:00  神楽坂上  交差点で  待つ

やはり  寒い  寒い

風も  少し  ある

3分ほどして  車  来る

07:05  神楽坂上  出発

08:15  成田空港近くの  民間駐車場に  着く

朝  早いのに  若者や  家族連れ  けっこう  人がいる

外は  やはり  寒い  寒い

車を  預けて  民間駐車場の  小型バスに  乗り換え  空港へ

15分ほどで  ターミナル1に  着く

4階の  旅行会社が  集まっている  K番コーナーへ

読売旅行社の  受付で  中年の  女性が  待機

先日  電話を  いただいた  添乗員の  Sさんだった

その  Sさんから  パスポート等  旅行関係の  書類を  渡される

Sさんは  40歳後半の  感じ

もっと  歳は  いっているかも  しれない

女性の  年齢は  よく  わからない

添乗員歴は  長そうだ

若い  添乗員より  安心できそうだ

次に  ANAの  チェックカウンター  B番コーナーへ

その前に  外貨両替窓口で  10,000円を  米ドルに  交換

カンボジアは  米ドルで  OKとのこと

10,000円だけの  両替で  大丈夫か

オプショナルツアーなどは  日本円で  OK

また  旅行社の  案内する  土産物店は  日本円も  使えるとのこと

両替は  できるだけ  細かい  小さい  お金に  してもらう

ANAの  チェックカウンター  だれも  並んでいない

ビジネスクラスの  せいか

荷物預け  搭乗券発行  すぐに  終わる

荷物検査  搭乗チェックイン  こちらも  簡単に  終わる

民間駐車場に  着いて  およそ  1時間ほどか

09:30前には  ANAの  ラウンジへ  入る

焼きそば  サラダ  小さい  いなり寿司  海苔巻きおにぎり  1個ずつ

飲み物は  オレンジジュース

朝食は  取らずに  空港へ  来たが  食欲は  あまり  ない

体調は  あまり  良くない

今回の  旅行は  アルコールは  いっさい  飲まないように  する

いまの  体調では  飲みたい  気分に  全く  ならない

体調管理を  いちばんに  しよう

搭乗機の  NH817便  

予定の  10:40より  20分ほど  遅れて  離陸

ビジネス席  思ったより  個室っぽくは  ない

しかし  良かったことは  隣席が  空いていた  ことだ

手荷物を  フルに  おける

また  何よりも  隣に  気を  遣わなくて  いい

ありがたい

機内の  ランチは  洋食に  した

少し  残したが  いまの  私としては  よく  食べたほうだ

しばらくして  日本時間の  16:00ごろには  機内が  すっかり 暗くなった

窓からの  景色も  青っぽく  暗い

座席を  フラットに  して  身体を  横に  する

たいへん  楽だ

先ほど  暗くなったと  思っていたが  違った

機内に  光が  あまり  入らないように  窓の  明るさを  いろいろ  変更できるようだ

この  飛行機は  窓の  下に  5段階  明るさを  調整できる  ボタンが  付いている

無意識に  ボタンを  押して  暗くして  しまったのか

室内も  消灯してある

そのため  すっかり  夜に  なったと  思い込んでいた

ボタンを  調整すると  まだまだ  外は  明るい  昼間の  光景だ

窓から  雲や  海が  見える

旅行案内書に  よると  成田から  プノンペンまで  6時間50分の  旅

時差は  マイナス2時間  とのこと

到着予定時刻は  現地時間で  15:40

明るくないと  やはり  おかしい

体調は  ひどくは  ないが  良くなったり  悪くなったり  本調子ではない

15:20くらいから  着陸体制に  入る

窓から  見る  プノンペンの  街  

けっこう  大きい

途中  いくつか  蛇行した  大小の  川が  見える

街に  近づくと  きゅうに  大きな川が  開け 

3つの  大河が  合流している

ネットで  見ると  プノンペンは

ーーーー

メコン川の上下流・トンレサップ川バサック川の「四つの川」の合流点に位置する

ーーーー

とある

きれいに  整理された  街並みや  ビル群が   近づいてくる

建物も カラフル  赤い  屋根が  目立つ

現地時間  15:50   無事に  空港に  着陸

しかし 飛行機は  滑走路に  止まったまま  途中で  だいぶ  待たされる

15分ほどして プノンペン空港の  いちばん  左端の  ゲートに  進み  やっと  席を  立つことが  できた

入国審査の  あと  空港の  外へ  

出た途端  何度も  経験した  ことの  ある  南国特有の  ムッとしたような 湿っぽい  暑さに  包まれる

冬服の  ままの  せいも  あり  一気に  汗が  出てくる

16:55   大型バスに  乗り込み  いよいよ  カンボジア旅行が  始まる

ガイドは  「ピシットさん」と  言った

正式には  Mr.SENG PORPISHITH(ポーピシット)

男性  身体は  小さい

しかし  声は  よく  通る  日本語も  堪能  

現地ガイドとしては  レベルは  高い

運転手さんは  「ペットさん」とのこと

まだ  若い

予定では  ホテルに  直行することに  なっていたが  

ホテルに  行く前に  プノンペンの  「ワットプノン」を  案内される

プノンペンの  名前の  もとに  なった  という  寺院

「プノンペン」は  「ペン夫人の丘」という  意味らしい

信心深い  女性で  川に  流れ着いた  仏像を  近くの  丘に  手厚く  祀ったという

その  丘の  名前が  「ワットプノン」

帽子  靴を  脱いで  石の  階段を  登って  参詣

街の  中に  ある  寺院らしく  地元の  人が  けっこう  お参りしている

終わったころは  辺りは  すっかり  暗くなっていた

ホテルは  すぐ  近くらしいが  渋滞の  ため  バスは  なかなか  進まない

ピシットさんは  それでも  いつもより  早く  ホテルに  到着できた  と言う

アジアの  街中は  ほとんど  みんな  そうだが  プノンペンの  街も  渋滞は  日常茶飯事の  ようだ

ホテル名は  「リバーパレスホテル」

プノンペンの  街を  流れる  「トンレサップ川」沿いに  ある

先ほど  飛行機の  窓から  見た  大河の  1つだ

旅行最終日に  訪れる  水上生活村の  ある  「トンレサップ湖」に  続いている

リバーパレスホテルは  古い  ホテルらしいが  思ったより  立派  室内も  広い 

20分後に  食事とのこと

部屋に  荷物を  置いたあと  簡単に  着替えて  2階の  レストランへ

現地時間で  19:00を  過ぎていた

夕食は  ホテルの  レストランで  「クメール料理」 

ほとんどが  一皿に  盛られている

量が  少なめで  助かる

医者からは  アルコールは  止められていたが

暑いせいか  ビール小瓶を  1本  注文

旅行の  参加者は  25名  圧倒的に  中年過ぎの  女性が  多い

男性は  我々3人に  夫婦同伴の  3人  単身参加  1人の  7人

今回の  読売旅行社から  送られてきた  ガイドブックの  タイトルは 

「快適な翼ANAビジネスクラス利用! 世界遺産アンコールワットスペシャル5日間」

しかし  ビジネスクラス利用は  7人だけ  とのこと

あと  18人は  エコノミーの  参加

飛行機の  クラスの  違いだけで  旅行コース  ホテル  バス  食事などは  みんな  一緒

レストランの  いちばん  窓側の  席に  座る

窓から  川が  見える

トンレサップ川  やはり  けっこう  大きい

この川は  メコン川と  合流するが

毎年  雨季には  メコン川の  水位が  上昇して  トンレサップ川の  水は  逆流するという

河水の  流れが  逆になる?

以前  テレビで  見たことが  あるが

あれは  確か  アマゾン川の  話だった

水は  トンレサップ川を  遡り  トンレサップ湖に  注ぐと  言われる

さらに  アンコールワットの  ある  シェムリアップに  繋がっている  とのこと

川に  沿って  文明が  生まれ  文化が  伝わっていく

カンボジアも  まさに  そうした  国だ

クメール料理  美味しかった

ホテルで  食事の  あとは  部屋へ  直行

この  ホテルは  きょう  1泊のみ

ピシットさんは  風呂の  お湯が  きちんと  出ないかも  しれないと  話していたが

出量は  少ないが  眠くなる  ころには  なんとか  入浴できる  湯量に  なった

トランク  手荷物の  整理

やっと  夏服に  切り替える

明日の朝は  07:40  スタート

05:30に  目覚まし

日本からの  時差は  2時間

22:00前には  ベッドに  入る

キングサイズ

いままでの  経験では  外国旅行の  ホテルは  すべて  ベッドが  大きい

しかも  高さが  ある

シングルなのに  部屋は  広い

広さは  大事だ  助かる

体調は  まあまあか

バスタブに  浸かり  きょうの  1日を  振り返る

 

・いつもより  2時間  長い  1月11日

・カンボジア  カの字も知らない  国に来た

・6時間  冬から夏へと  ANAの旅

・空港は  出迎えの人の  目が違う

・出た途端  アジアの熱気に  襲われる

・大型の  バスに揺られて  街中へ

・街なかは   人もバイクも  溢れてる

・夕暮れて  寺院の灯り  ホッとする

・参拝者  後を絶たない  ワットプノン

・黙々と  人の暮らし  支える大河

・西洋が  少し混じった  クメール料理

・アジアにて  お湯出るホテル  ありがたい

・悪いなり  何とかなりそう  体調は

 

きょうは  カンボジア「リバーパレスホテル」 泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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風媒社・稲垣喜代志氏を偲ぶトークイベント

2018.11.04/日

「反骨の編集者  稲垣喜代志の  眼差し『出版人・稲垣喜代志の"志"』」の  トークイベントに  行ってきた。

 

小雨の  降る  日曜日  車で  向かった

開演は  午後1時30分から

5分前に  到着  

会場の  「文化のみち二葉館」の  駐車場には  数台の  車しか  ない

雨も  降っている

イベント参加者は  少ないのでは  ないか

そんな  予想は  見事に  外れた

車を  置き  傘を  差して  玄関に  行くと  けっこう  人がいる

入り口や  靴置き場は  狭い

会場の  1階大広間は  すぐ左に  あり  広間は  もちろん  受付まで  人で  いっぱい

立っている人も  10人以上

会場の  奥から  司会者らしい  声が  聞こえ  イベントは  始まった

広間には  入れない

もっと  早く  来るべきだったと  後悔していると  若い  女性が  2階からの  階段なら  大丈夫ですと  案内して  くれた

2階に  エレベーターで  上がり  出てみると  数人が  立って  1階の  大広間を  見ている

1階に  降りる  階段にも  何人か  腰掛けていた

私も  分け入って  運良く  階段途中に  座ることが  できた

特等席だった

会場全体を  座って  見下ろせる

また  パネラーの  人も  良く見える

すでに  「トーク」は  始まっていた

まず  驚いたことは  「老人」が  多かったことだ

参加者の  ほとんどの人が  高齢者

女性も  けっこういる

皆さんは  なんらかの  意味で  稲垣喜代志さんと  つながりのある  人だ

そう思うと  84歳まで  現役に  近い  かたちで  活動していた  ことを  考えたら  また  彼の  シンパサイザーを  想像したら  当たり前かも  知れない

パネラーは  4人

風媒社の  元社員の人  二人

名古屋の作家・山下智恵子さん

風媒社・編集長の劉永昇さん

劉さんの  緻密さを  感じさせないほど  話の  流れに  沿った  温かみの  ある  司会進行で  私も  会場も  トークイベントを  楽しむことが  できた

元社員の人も  高齢ではあるが  二人とも  それなりに  地元で  活躍されている  方で  話も  うまい

稲垣喜代志さんの  人柄や  生きざま  活動内容を  辛口批評や  欠点  冗談を  含めて  語っていった

やはり  本音トークは  面白い

山下さんは  稲垣氏との  出会いや  交流を  いくつかの  エピソードを  披露した

花がらの  帽子を  かぶるなど  おしゃれで  上品な  女流作家だ

1939年生まれ  とのことだから  もう  80歳に  近い

背中は  少し  曲がっていたが  声は  伸びやか

話も  うまい

作家らしく  具体的な  場所や  人が  話の中に  ふんだんに  登場する

また  私に  とっては  懐かしい  人名や  言葉が  次から次と  パネラーの  口から  飛び出した

トロツキー  ゲバラ  太田竜  谷川雁  杉浦明平  鎌田慧  井上光晴  吉田公彦  竹内好  中野重治  木下順二  小谷剛  鶴見俊輔

反帝反スタ  ベ平連  ノンセクトラジカル  思想の科学  マルクス主義者  NRの会など  ちょっとした  別世界に  入った感じで  不思議な  時間だった

狭い  会場で  聴講者は  いっぱい

窮屈感は  あったが  笑いも  多く出て  あっと言う間の  1時間半であった

「稲垣喜代志」について  先日  「稲垣喜代志展」を  見学したとき  ブログに  少し  書いたが  もう  少し  トークイベントの  話の  内容を  交えながら  触れてみる

彼は  1963年  地元・名古屋を  基盤に  「風媒社」を  立ち上げ  地域に  密着した  出版活動を  開始した

ゲバラや  公害・原発が  世に知られる前に  これらを  テーマに  時代を先取りした  本を  発刊する

これは  これから  問題になるぞ  世間から  注目されるぞ  と  話したと  言う

まだ  当時は  無名だった  人物や  テーマを  取り上げ  本にしてきた

しかし  本は  売れない

「早すぎる  編集者・出版人」だったと  パネラーは  語る

経営的には  常に  苦しい  会社だった  ようだ

社員を  全員  首に  したり  何度も  何度も  ゼロから  出発  出直したそうだ

「良き  編集者は  良き  経営者に  あらず」

「経営は  傷だらけ  いつも  つまずいていた」

しかし  何とか  やって来れたのは  「人に恵まれた」から

「銀行からは  見放されたが、人からは  見放されなかった」と  元社員の  パネラーは  語る

「ならず者の  編集者だった」とも  評した

人がらに  ついて  パネラーの  言葉を  拾ってみる

批判の鋭い人  怖い人  口の  悪い人

繊細  優しい  心遣い  細やかさが  ある

人の  身の  振り方を  いつも  心配していた

女性には  とくに  優しい

一人っ子  寂しがり屋  よくしゃべる

おおらか  自由人

と言った  言葉が 出ていた

在庫を  捨てない  人だったと  言う

刈谷の  実家には  倉庫に  10万冊の  本が  あった

生活は  質素  しかし  実家は  裕福で  広い  土地が  あった

いつも  遅刻する  日を  間違えたりする人

唐九郎という  怪人物に  のめり込む

本作り だけでなく  美術や  焼きもの  骨董にも  興味を  持つ

骨董は  買って  みないと  わからないと  よく  言っていた

チャーミングな人

チャレンジャーだったなあ

私は  彼の  多彩な  生きざまを  二葉館の  満席の  1階会場の  階段席で  感動に  近い  思いで  聞いていた

パネラー4人の  根底に  愛情あふれる  思いを  感じながら……。

 

私に  とっては  稲垣喜代志氏は  金沢の  学生時代から  いつも  気になっていた  人だった。

地元・名古屋に  こんな出版社が  あるんだ

「風媒社」 カッコいい  名前だなあ

当時の  我々の  愛読誌  週刊「朝日ジャーナル」(朝日新聞社)には  表2の上段に  いつも  風媒社の  出版広告が  掲載されていた

その代表者が  稲垣喜代志氏  であった

その頃から  卒業したら  できたら  風媒社に  就職したいなと  思い続けていた

きょうの  話を  聞いたかぎりでは  社員は  とても  大変だったようだ

愛情は  あっただろうが  口は  厳しく  経営は  火の車

いつ  首になるか  わからない

残念と言うべきか  良かったというべきか  風媒社への  就職活動は  しないまま  今日まで来た

エディットを  作ってから  一、二度、知り合いの  出版の  お願いに  上がったり  彼の  講師時代の  学生の  就職を  頼まれたりしたが  それ以外の  縁は  なかった

しかし  地元・名古屋で  良心的な  出版活動を  55年も  続けている

尊敬に  値する出版人であるだけは  確かだ

 

イベントが  終わったあと  二葉館の  奥座敷で  販売していた  きょう  発売だという  「稲垣喜代志・遺稿集『その時より、野とともにあり』」を  2冊  購入

帰ろうと  座敷から  出たら  ばったり  Yさんに  会った

彼女も  たぶん  会場に  来ているんじゃないかなと  思っていたが  やはり  参加していたのだ

彼女は  名古屋で  一人出版社「ゆいぽおと」を  経営しながら  文化センターで  文章の  講師を  したり  地元文化雑誌に  記事を  書いたり  イベントの  仕掛けを  したりしている

彼女も  地元で  多彩な  活動を  している  元気いっぱいの  人だ

彼女の  T出版社時代  『その時 歴史が動いた』シリーズで  エディットが  たいへん  お世話に  なった

きょうの  風媒社の  稲垣喜代志さんとも  とても  親しい  関係だった

彼女に  劉永昇さんとの  名刺交換を  お願いしたら  さっそく  動いてくれた

劉さんは  私と  会ったことが  あると  言っていた

申し訳ない  

私には  記憶が  ないけれど  むかし  風媒社に  おじゃましたことが  あり  そのとき  お目にかかったかも  しれない

二言  三言  言葉を  交わし  Yさんにも  お礼を  言って  二葉館を  あとに  した

 

玄関を  出るとき  きょうの  パネラーの  山下智恵子さんを  見かけた

名古屋から  井上光晴の  「文学伝習所」に  通い  小説の  勉強を  するだけでなく  光晴にも  恋を  してしまったと  きょうの  トークで  語った  名古屋の  女流作家

やはり  80歳近くに  なっても  オーラが  あり  輝いている

人生を  一つの  ことに  夢中で  命を  かけて  生きてきた  人には  ほかの  人を  惹きつける  大きな  力が  ある

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 20:00
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南知多の旅

2018.10.29/月

南知多「内藤屋」  起床

きょうも  快晴

みんな  早起き

6:00には  着替えている

割早く  寝た  はずの  私が  いちばん  遅い

部屋の外では  

階段上がり場の  テーブルを  囲んで  

みんなの  おしゃべりが  聞こえる

もう少し  横に  なっていたかったが  

私も  起きた

運良く  朝風呂に  入れた

本当は  朝の  1階の  風呂は  女性専用との  ことだったが  

昨夜  泊まった  同級生の  女性2人は  

風呂も  上がったところ

屋上の  露天風呂は  

温度が  低すぎて  入れない  という 情報を  聞き  

TSくんと  内風呂に  行くことに  した

入り口の  「女湯」とある  看板を  裏表  逆にして

「男湯」に  変えて  風呂場に  入った

旅館に  したら  あまりにも  狭い  風呂だが  

2人なら  ゆったり  入れる

忠之くんは  早めに  出たが  

私が  ゆっくり  身体を  洗っていたら  

旅館の  女将さんだろうか  風呂場の  ドアを  開けて  

「朝は  女性用ですよ」と  叱られた

「それなら  屋上の  風呂を  きちんと  入れるように  

しておいて  欲しい」と  言いたかったが  止めた

朝食は  07:30から  宴会と  同じ  部屋

食事は  昨夜と  同じく  美味しい

ご飯を  お代わり

あいかわらず  おしゃべりが  絶えない

08:30  旅館の  玄関前で  全体写真

Tくんは  早々と  別れて  いない

きょうは  月曜日  

名古屋の  自分の  会社に  向かったんだろう

私も  同じ  立場だけれど  きょうは  休みを  取った

写真撮りが  終わって  すぐに  出発

みんなは  旅館の  送迎バスで

私は  自分の  車で

向かった  ところは  「岩屋寺」

尾張高野山宗の  総本山で  山号は大慈山  別名「岩屋観音」

知多四国八十八箇所霊場  第43番札所

岩屋寺は  初めて  耳にする  寺だが  

けっこう  広くて  立派  

奥之院まで  あるようだ

40分ほど  ぶらつく

もう少し   ゆっくり  見学したい  ところだが  

次の  予定に  なっている  魚市場の  「魚太郎」へ

ここも  南知多では  有名な  ところらしい

みんな  たくさん  鮮魚や  干し魚を  買う

名前は  忘れたが  「魚太郎」に  一緒に 入った  同級生

「家族に  頼まれた」と  言って   

入り口で  すぐに  決まった  魚を  土産に  買っていた

この  同級生は  家族に  

事前に  魚市場「 魚太郎」に  行くことまで

話して  きたのだろう

みんな  思い思いに  買い漁っている

いつの間にか  ほかの  客も  来て  

まだ  10時前  なのに  

「魚太郎」は  けっこう  人で  いっぱいに  なった

きょうは  月曜日だと  いうのに  

また  そんなに  安い  店でも  ないのに  

どうして  こんなに  人が  多いんだろう

それも  けっこう  私たちの  ような  高齢者が  多い

平日に  旅行や  買い物を  楽しめる  人が  増えたのだろう

「魚太郎」の  駐車場で  同級生と  別れる

みんなは  これから  送迎バスで  地元の  寺津に  帰る

何年か前にも  

この  南知多で  同級会(西崎会)を  したことがある

そのときも  同じような  流れだった

久しぶりの  同級会  

楽しいやら  懐かしいやらで  

あっというまに  終わった

せっかく  南知多に  来た

このまま  名古屋に  帰るのも  もったいない

ということで  ネットで  調べて  

とりあえず  近くの  観光地  「聖埼公園」に  

行って  みることに  した

「展望の  すぐれた  景勝の地で  

弘法大師が上陸した  ところ  

観音像  展望台  遊歩道がある」

と  ネットの  記事に  あった

しかし  いちばんの  見どころは  

海の  岩の  上に  立てられた  弘法大師  空海の  

石造りの  上陸立像だろう

ネット記事に

ーーーー

この上陸像は、1984年に

弘法大師空海1150年御遠忌を迎え建立されたもので、

その高さは13尺(約4メートルほど)。

この上陸像は年に1回

大潮のときには二子島まで歩いて渡ることができ、

その際に掃除などがされるとのこと。

ーーーー

とある

たしかに  まだまだ  新しい  像で  

歴史は  感じさせないが   

海の  上に  浮かぶように  作られた  上陸立像は  

ちょっとした  感動が  ある

公園は  広くは  ないが  

高低差も  あり  軽い  運動に  なる

2時間近く  写真撮影と  散策を  楽しんだ

帰り  公園の  横に  ある  大井漁港の  風景も  

絵になり  良かった

次に  どこへ  行こうか  

「アトリエぜんきゅう」に  行きたかったが  

調べてみると  月曜日休み

諦めて  

公園下に  あった  案内図を  見たら  

この近くに  知多四国八十八箇所巡りの  寺が  

30番から  34番まで  けっこう  固まって  ある

しかし  駐車場の  案内が  ない

とにかく  行ってみる  ことにした

5分ほどで  着いた

探せば  あるだろうが  

やはり  車を  止めるところが  見つからない

お寺の  規模も  小さい

岩屋寺に  比べて 雲泥の差

けっきょく  素通りだけして  

帰り道  「杉本美術館」に  寄ることに  した

水曜日休みで  きょうは  開館しているようだ

「没後15年  杉本健吉」展を  開催していた

杉本美術館は  数回  来たことがある

中身より  建物が  気に入っている

国道247号線を  通って  14時半ごろに  到着

抹茶付き入場料  1,000円を  払って  館内へ

見学人は  ほとんどいない

「杉本健吉」展だけあって  自画像や  経歴紹介が  中心

絵や  作品より  描き手や  本人など  

どちらかというと  「人」に  興味のある  私に  とっては  

ありがたい  展示テーマだ

名古屋出身の  画家としては  個人名の  美術館が  あり 

有名な  画家

自分自身を  絵の中に  風景として  入れ込む  手法は  

ユーモアが  あり  彼の  人格を  感じさせてくれる

まさに  絵を  楽しんで  描いている  羨ましい  画家だ

帰り  欲張って  「新美南吉記念館」へ  寄ろうと  

調べてみると  ここも  月曜日休館と  なっていた

それなら  ここで  ゆっくり  時間を  潰そうと

抹茶も  楽しみながら  

最後の  部屋の  見学を  メモを  取りながら  過ごした

杉本健吉は  けっこう  文字を  絵の中に  取り込んだり

文字そのものを  「絵」に  したり  している

どんな  文字や  言葉を  取り上げているか  

メモしてみることにした

ーーーー

丹精不知老/丹青夢中不知老将至/丹青丹精/感激は受胎/

八十五の手習い/右は世馴れ手  左は初手/千歳寿/左右/

左右同行/巳歳の男/百まで/充電/心次第/気/楽/

窮すれば通ず/窮亦楽  通亦楽/塞翁が馬/迦陵頻伽(かりょうひんが)/

常識から幻想は生まれ難し/紙地獄/十人十色/長寿現役/

ぶっつけ本番/閑中吾見山  忙中山見我/今日(こんにち)は本日限り/

以和為貴/散華

ーーーー

など

何の  脈略も  ない  文字や  言葉が  並ぶ

とりあえず  心に  引っかかったり  

そのとき  気に入った  文字や  言葉を  絵に  したのだろう

美術館には  2時間近く  いた

また  館外へ  出てからも  

建物や  建物の  天井の  飾り  

庭の  モニュメント  草花などを  写真に  撮る

館内も  館外も  見学者が  ほとんど  いなく  

16時半には  館の  関係者の  男の  人が  駐車を  閉め始めた

追い出されるように  美術館を  跡にした

247号線の  一度ども  通っていない  

伊勢湾側の  普通道路で  帰るか  

知多自動車道に  するか  迷ったが  

きょうは  高速で  帰ることにした

途中  大府  サービスエリアに  寄り  

パンの  レストランで  夕食

カレーパンや  ベーコン入りパン  

野菜を  上に  散りばめた  パンと  

瓶入り牛乳  紙箱の  マンゴージュース

名古屋  フリーベルの  駐車場に  着いたのは  

18時を  回っていた

キャリアケースと  「魚太郎」で  買った  

イカの  塩辛  海苔  せんべいの  土産類を  持って  

サンパークへ  直行

簡単な  片付けの  あと  

きょうの  写真を  整理しようと  思ったが  

先に  データが  一杯に  なっている  

PCの  データ移動に  取り掛かることにした

これは  時間が  かかる

作業の  手配を  しながら  

先週  また  きのう  見ることが  できなかった  

テレビの  ビデオ

「ダーウィンが来た!」「黄昏流星群」「西郷どん」を 

見る

さすが  少し  疲れたようだ

眠くなり  早めに  就眠

サンパーク  泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 22:00
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