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風媒社・稲垣喜代志氏を偲ぶトークイベント

2018.11.04/日

「反骨の編集者  稲垣喜代志の  眼差し『出版人・稲垣喜代志の"志"』」の  トークイベントに  行ってきた。

 

小雨の  降る  日曜日  車で  向かった

開演は  午後1時30分から

5分前に  到着  

会場の  「文化のみち二葉館」の  駐車場には  数台の  車しか  ない

雨も  降っている

イベント参加者は  少ないのでは  ないか

そんな  予想は  見事に  外れた

車を  置き  傘を  差して  玄関に  行くと  けっこう  人がいる

入り口や  靴置き場は  狭い

会場の  1階大広間は  すぐ左に  あり  広間は  もちろん  受付まで  人で  いっぱい

立っている人も  10人以上

会場の  奥から  司会者らしい  声が  聞こえ  イベントは  始まった

広間には  入れない

もっと  早く  来るべきだったと  後悔していると  若い  女性が  2階からの  階段なら  大丈夫ですと  案内して  くれた

2階に  エレベーターで  上がり  出てみると  数人が  立って  1階の  大広間を  見ている

1階に  降りる  階段にも  何人か  腰掛けていた

私も  分け入って  運良く  階段途中に  座ることが  できた

特等席だった

会場全体を  座って  見下ろせる

また  パネラーの  人も  良く見える

すでに  「トーク」は  始まっていた

まず  驚いたことは  「老人」が  多かったことだ

参加者の  ほとんどの人が  高齢者

女性も  けっこういる

皆さんは  なんらかの  意味で  稲垣喜代志さんと  つながりのある  人だ

そう思うと  84歳まで  現役に  近い  かたちで  活動していた  ことを  考えたら  また  彼の  シンパサイザーを  想像したら  当たり前かも  知れない

パネラーは  4人

風媒社の  元社員の人  二人

名古屋の作家・山下智恵子さん

風媒社・編集長の劉永昇さん

劉さんの  緻密さを  感じさせないほど  話の  流れに  沿った  温かみの  ある  司会進行で  私も  会場も  トークイベントを  楽しむことが  できた

元社員の人も  高齢ではあるが  二人とも  それなりに  地元で  活躍されている  方で  話も  うまい

稲垣喜代志さんの  人柄や  生きざま  活動内容を  辛口批評や  欠点  冗談を  含めて  語っていった

やはり  本音トークは  面白い

山下さんは  稲垣氏との  出会いや  交流を  いくつかの  エピソードを  披露した

花がらの  帽子を  かぶるなど  おしゃれで  上品な  女流作家だ

1939年生まれ  とのことだから  もう  80歳に  近い

背中は  少し  曲がっていたが  声は  伸びやか

話も  うまい

作家らしく  具体的な  場所や  人が  話の中に  ふんだんに  登場する

また  私に  とっては  懐かしい  人名や  言葉が  次から次と  パネラーの  口から  飛び出した

トロツキー  ゲバラ  太田竜  谷川雁  杉浦明平  鎌田慧  井上光晴  吉田公彦  竹内好  中野重治  木下順二  小谷剛  鶴見俊輔

反帝反スタ  ベ平連  ノンセクトラジカル  思想の科学  マルクス主義者  NRの会など  ちょっとした  別世界に  入った感じで  不思議な  時間だった

狭い  会場で  聴講者は  いっぱい

窮屈感は  あったが  笑いも  多く出て  あっと言う間の  1時間半であった

「稲垣喜代志」について  先日  「稲垣喜代志展」を  見学したとき  ブログに  少し  書いたが  もう  少し  トークイベントの  話の  内容を  交えながら  触れてみる

彼は  1963年  地元・名古屋を  基盤に  「風媒社」を  立ち上げ  地域に  密着した  出版活動を  開始した

ゲバラや  公害・原発が  世に知られる前に  これらを  テーマに  時代を先取りした  本を  発刊する

これは  これから  問題になるぞ  世間から  注目されるぞ  と  話したと  言う

まだ  当時は  無名だった  人物や  テーマを  取り上げ  本にしてきた

しかし  本は  売れない

「早すぎる  編集者・出版人」だったと  パネラーは  語る

経営的には  常に  苦しい  会社だった  ようだ

社員を  全員  首に  したり  何度も  何度も  ゼロから  出発  出直したそうだ

「良き  編集者は  良き  経営者に  あらず」

「経営は  傷だらけ  いつも  つまずいていた」

しかし  何とか  やって来れたのは  「人に恵まれた」から

「銀行からは  見放されたが、人からは  見放されなかった」と  元社員の  パネラーは  語る

「ならず者の  編集者だった」とも  評した

人がらに  ついて  パネラーの  言葉を  拾ってみる

批判の鋭い人  怖い人  口の  悪い人

繊細  優しい  心遣い  細やかさが  ある

人の  身の  振り方を  いつも  心配していた

女性には  とくに  優しい

一人っ子  寂しがり屋  よくしゃべる

おおらか  自由人

と言った  言葉が 出ていた

在庫を  捨てない  人だったと  言う

刈谷の  実家には  倉庫に  10万冊の  本が  あった

生活は  質素  しかし  実家は  裕福で  広い  土地が  あった

いつも  遅刻する  日を  間違えたりする人

唐九郎という  怪人物に  のめり込む

本作り だけでなく  美術や  焼きもの  骨董にも  興味を  持つ

骨董は  買って  みないと  わからないと  よく  言っていた

チャーミングな人

チャレンジャーだったなあ

私は  彼の  多彩な  生きざまを  二葉館の  満席の  1階会場の  階段席で  感動に  近い  思いで  聞いていた

パネラー4人の  根底に  愛情あふれる  思いを  感じながら……。

 

私に  とっては  稲垣喜代志氏は  金沢の  学生時代から  いつも  気になっていた  人だった。

地元・名古屋に  こんな出版社が  あるんだ

「風媒社」 カッコいい  名前だなあ

当時の  我々の  愛読誌  週刊「朝日ジャーナル」(朝日新聞社)には  表2の上段に  いつも  風媒社の  出版広告が  掲載されていた

その代表者が  稲垣喜代志氏  であった

その頃から  卒業したら  できたら  風媒社に  就職したいなと  思い続けていた

きょうの  話を  聞いたかぎりでは  社員は  とても  大変だったようだ

愛情は  あっただろうが  口は  厳しく  経営は  火の車

いつ  首になるか  わからない

残念と言うべきか  良かったというべきか  風媒社への  就職活動は  しないまま  今日まで来た

エディットを  作ってから  一、二度、知り合いの  出版の  お願いに  上がったり  彼の  講師時代の  学生の  就職を  頼まれたりしたが  それ以外の  縁は  なかった

しかし  地元・名古屋で  良心的な  出版活動を  55年も  続けている

尊敬に  値する出版人であるだけは  確かだ

 

イベントが  終わったあと  二葉館の  奥座敷で  販売していた  きょう  発売だという  「稲垣喜代志・遺稿集『その時より、野とともにあり』」を  2冊  購入

帰ろうと  座敷から  出たら  ばったり  Yさんに  会った

彼女も  たぶん  会場に  来ているんじゃないかなと  思っていたが  やはり  参加していたのだ

彼女は  名古屋で  一人出版社「ゆいぽおと」を  経営しながら  文化センターで  文章の  講師を  したり  地元文化雑誌に  記事を  書いたり  イベントの  仕掛けを  したりしている

彼女も  地元で  多彩な  活動を  している  元気いっぱいの  人だ

彼女の  T出版社時代  『その時 歴史が動いた』シリーズで  エディットが  たいへん  お世話に  なった

きょうの  風媒社の  稲垣喜代志さんとも  とても  親しい  関係だった

彼女に  劉永昇さんとの  名刺交換を  お願いしたら  さっそく  動いてくれた

劉さんは  私と  会ったことが  あると  言っていた

申し訳ない  

私には  記憶が  ないけれど  むかし  風媒社に  おじゃましたことが  あり  そのとき  お目にかかったかも  しれない

二言  三言  言葉を  交わし  Yさんにも  お礼を  言って  二葉館を  あとに  した

 

玄関を  出るとき  きょうの  パネラーの  山下智恵子さんを  見かけた

名古屋から  井上光晴の  「文学伝習所」に  通い  小説の  勉強を  するだけでなく  光晴にも  恋を  してしまったと  きょうの  トークで  語った  名古屋の  女流作家

やはり  80歳近くに  なっても  オーラが  あり  輝いている

人生を  一つの  ことに  夢中で  命を  かけて  生きてきた  人には  ほかの  人を  惹きつける  大きな  力が  ある

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 20:00
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南知多の旅

2018.10.29/月

南知多「内藤屋」  起床

きょうも  快晴

みんな  早起き

6:00には  着替えている

割早く  寝た  はずの  私が  いちばん  遅い

部屋の外では  

階段上がり場の  テーブルを  囲んで  

みんなの  おしゃべりが  聞こえる

もう少し  横に  なっていたかったが  

私も  起きた

運良く  朝風呂に  入れた

本当は  朝の  1階の  風呂は  女性専用との  ことだったが  

昨夜  泊まった  同級生の  女性2人は  

風呂も  上がったところ

屋上の  露天風呂は  

温度が  低すぎて  入れない  という 情報を  聞き  

TSくんと  内風呂に  行くことに  した

入り口の  「女湯」とある  看板を  裏表  逆にして

「男湯」に  変えて  風呂場に  入った

旅館に  したら  あまりにも  狭い  風呂だが  

2人なら  ゆったり  入れる

忠之くんは  早めに  出たが  

私が  ゆっくり  身体を  洗っていたら  

旅館の  女将さんだろうか  風呂場の  ドアを  開けて  

「朝は  女性用ですよ」と  叱られた

「それなら  屋上の  風呂を  きちんと  入れるように  

しておいて  欲しい」と  言いたかったが  止めた

朝食は  07:30から  宴会と  同じ  部屋

食事は  昨夜と  同じく  美味しい

ご飯を  お代わり

あいかわらず  おしゃべりが  絶えない

08:30  旅館の  玄関前で  全体写真

Tくんは  早々と  別れて  いない

きょうは  月曜日  

名古屋の  自分の  会社に  向かったんだろう

私も  同じ  立場だけれど  きょうは  休みを  取った

写真撮りが  終わって  すぐに  出発

みんなは  旅館の  送迎バスで

私は  自分の  車で

向かった  ところは  「岩屋寺」

尾張高野山宗の  総本山で  山号は大慈山  別名「岩屋観音」

知多四国八十八箇所霊場  第43番札所

岩屋寺は  初めて  耳にする  寺だが  

けっこう  広くて  立派  

奥之院まで  あるようだ

40分ほど  ぶらつく

もう少し   ゆっくり  見学したい  ところだが  

次の  予定に  なっている  魚市場の  「魚太郎」へ

ここも  南知多では  有名な  ところらしい

みんな  たくさん  鮮魚や  干し魚を  買う

名前は  忘れたが  「魚太郎」に  一緒に 入った  同級生

「家族に  頼まれた」と  言って   

入り口で  すぐに  決まった  魚を  土産に  買っていた

この  同級生は  家族に  

事前に  魚市場「 魚太郎」に  行くことまで

話して  きたのだろう

みんな  思い思いに  買い漁っている

いつの間にか  ほかの  客も  来て  

まだ  10時前  なのに  

「魚太郎」は  けっこう  人で  いっぱいに  なった

きょうは  月曜日だと  いうのに  

また  そんなに  安い  店でも  ないのに  

どうして  こんなに  人が  多いんだろう

それも  けっこう  私たちの  ような  高齢者が  多い

平日に  旅行や  買い物を  楽しめる  人が  増えたのだろう

「魚太郎」の  駐車場で  同級生と  別れる

みんなは  これから  送迎バスで  地元の  寺津に  帰る

何年か前にも  

この  南知多で  同級会(西崎会)を  したことがある

そのときも  同じような  流れだった

久しぶりの  同級会  

楽しいやら  懐かしいやらで  

あっというまに  終わった

せっかく  南知多に  来た

このまま  名古屋に  帰るのも  もったいない

ということで  ネットで  調べて  

とりあえず  近くの  観光地  「聖埼公園」に  

行って  みることに  した

「展望の  すぐれた  景勝の地で  

弘法大師が上陸した  ところ  

観音像  展望台  遊歩道がある」

と  ネットの  記事に  あった

しかし  いちばんの  見どころは  

海の  岩の  上に  立てられた  弘法大師  空海の  

石造りの  上陸立像だろう

ネット記事に

ーーーー

この上陸像は、1984年に

弘法大師空海1150年御遠忌を迎え建立されたもので、

その高さは13尺(約4メートルほど)。

この上陸像は年に1回

大潮のときには二子島まで歩いて渡ることができ、

その際に掃除などがされるとのこと。

ーーーー

とある

たしかに  まだまだ  新しい  像で  

歴史は  感じさせないが   

海の  上に  浮かぶように  作られた  上陸立像は  

ちょっとした  感動が  ある

公園は  広くは  ないが  

高低差も  あり  軽い  運動に  なる

2時間近く  写真撮影と  散策を  楽しんだ

帰り  公園の  横に  ある  大井漁港の  風景も  

絵になり  良かった

次に  どこへ  行こうか  

「アトリエぜんきゅう」に  行きたかったが  

調べてみると  月曜日休み

諦めて  

公園下に  あった  案内図を  見たら  

この近くに  知多四国八十八箇所巡りの  寺が  

30番から  34番まで  けっこう  固まって  ある

しかし  駐車場の  案内が  ない

とにかく  行ってみる  ことにした

5分ほどで  着いた

探せば  あるだろうが  

やはり  車を  止めるところが  見つからない

お寺の  規模も  小さい

岩屋寺に  比べて 雲泥の差

けっきょく  素通りだけして  

帰り道  「杉本美術館」に  寄ることに  した

水曜日休みで  きょうは  開館しているようだ

「没後15年  杉本健吉」展を  開催していた

杉本美術館は  数回  来たことがある

中身より  建物が  気に入っている

国道247号線を  通って  14時半ごろに  到着

抹茶付き入場料  1,000円を  払って  館内へ

見学人は  ほとんどいない

「杉本健吉」展だけあって  自画像や  経歴紹介が  中心

絵や  作品より  描き手や  本人など  

どちらかというと  「人」に  興味のある  私に  とっては  

ありがたい  展示テーマだ

名古屋出身の  画家としては  個人名の  美術館が  あり 

有名な  画家

自分自身を  絵の中に  風景として  入れ込む  手法は  

ユーモアが  あり  彼の  人格を  感じさせてくれる

まさに  絵を  楽しんで  描いている  羨ましい  画家だ

帰り  欲張って  「新美南吉記念館」へ  寄ろうと  

調べてみると  ここも  月曜日休館と  なっていた

それなら  ここで  ゆっくり  時間を  潰そうと

抹茶も  楽しみながら  

最後の  部屋の  見学を  メモを  取りながら  過ごした

杉本健吉は  けっこう  文字を  絵の中に  取り込んだり

文字そのものを  「絵」に  したり  している

どんな  文字や  言葉を  取り上げているか  

メモしてみることにした

ーーーー

丹精不知老/丹青夢中不知老将至/丹青丹精/感激は受胎/

八十五の手習い/右は世馴れ手  左は初手/千歳寿/左右/

左右同行/巳歳の男/百まで/充電/心次第/気/楽/

窮すれば通ず/窮亦楽  通亦楽/塞翁が馬/迦陵頻伽(かりょうひんが)/

常識から幻想は生まれ難し/紙地獄/十人十色/長寿現役/

ぶっつけ本番/閑中吾見山  忙中山見我/今日(こんにち)は本日限り/

以和為貴/散華

ーーーー

など

何の  脈略も  ない  文字や  言葉が  並ぶ

とりあえず  心に  引っかかったり  

そのとき  気に入った  文字や  言葉を  絵に  したのだろう

美術館には  2時間近く  いた

また  館外へ  出てからも  

建物や  建物の  天井の  飾り  

庭の  モニュメント  草花などを  写真に  撮る

館内も  館外も  見学者が  ほとんど  いなく  

16時半には  館の  関係者の  男の  人が  駐車を  閉め始めた

追い出されるように  美術館を  跡にした

247号線の  一度ども  通っていない  

伊勢湾側の  普通道路で  帰るか  

知多自動車道に  するか  迷ったが  

きょうは  高速で  帰ることにした

途中  大府  サービスエリアに  寄り  

パンの  レストランで  夕食

カレーパンや  ベーコン入りパン  

野菜を  上に  散りばめた  パンと  

瓶入り牛乳  紙箱の  マンゴージュース

名古屋  フリーベルの  駐車場に  着いたのは  

18時を  回っていた

キャリアケースと  「魚太郎」で  買った  

イカの  塩辛  海苔  せんべいの  土産類を  持って  

サンパークへ  直行

簡単な  片付けの  あと  

きょうの  写真を  整理しようと  思ったが  

先に  データが  一杯に  なっている  

PCの  データ移動に  取り掛かることにした

これは  時間が  かかる

作業の  手配を  しながら  

先週  また  きのう  見ることが  できなかった  

テレビの  ビデオ

「ダーウィンが来た!」「黄昏流星群」「西郷どん」を 

見る

さすが  少し  疲れたようだ

眠くなり  早めに  就眠

サンパーク  泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 22:00
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同級会(西崎会)

2018.10.28/日

春日井自宅  起床

快晴

奈々子  早起き

独り言も  少ない

先日の 「稲垣喜代志展」行きを

いろいろ  文章を  加えて  jugemの  ブログに  アップする

昼近くに  なる

昼食兼用の  朝食は  

トースト2枚  玉子巻き  牛乳  ジュース  バナナ

13時ごろ  名古屋へ

サンパーク  直行

荷物を  下ろしたあと  車の  掃除

掃除と  言っても  外装の  水拭きだけ

車を  フリーベルの  駐車場に  入れ  

サンパークに  戻って  同窓会行きの  したく

昼風呂に  入り  15:00過ぎ  南知多へ  向かう

中学時代の  1泊の  同級会  南知多で  開催

名古屋高速「丸ノ内」から  知多半島道路を  通って  

「古布」で  降りれば  

きょうの  同級会会場の  漁師旅籠「内藤屋」へ

途中休憩なしだと  1時間ほどで  行けてしまう

阿久比サービスエリアで  20分ほど  休憩

阿久比SAは  なかなか  おしゃれ

あとで  わかったけれど  

最近  リニューアルオープンした  ようだ

「内藤屋」は  小さな  旅館  民宿のようだ

内藤屋の  玄関前に  駐車して  すぐ前の  海岸へ

きょうは  快晴ということも  あって  見事な  夕陽

十分に  楽しめた

ここは  場所は良い

海岸を  写真撮影しながら  散歩していると  

Tくんが  やってきた

きょうの  同窓生の  ひとり

海岸で  夕陽を  見ながら  しばらく  おしゃべり

彼は  昼から  地元の  一宮を  出て  

寺津の  親戚  西尾の  岩瀬文庫に  寄り  

ここ  南知多に  来た  という

元気が  ある

夕陽が  沈んだあと  旅館に  戻ったら  

すでに  みんな  来ていた

私と  Tくんは  名古屋方面から

しかし  西崎会の  メンバーは  

「内藤屋」の  送迎バスで  寺津から

私は  206号室

TSくん  SUくん  Tくんと  同室

屋上の  露天風呂に  行くが  

2つある  風呂の  一つの  温度は  30度以下  入れない

もう一つは  狭い  木製の  丸い  風呂

温度は  40度  くらいだろう

2人で  ちょうど  良い  広さだが  4人で  入る

おしゃべりが  止まらない

18:00  宴会  始まる

幹事の  SUくん  会長の  YHさん  挨拶

料理は  美味しかった

ほとんど  食べた

やはり  盛り上がった  会に  なった

おしゃべりは  絶えない

カラオケも  みんな  自分の  十八番を  唄う

デュエットも  目立つ

小学校  中学校  9年間の  同級生たちだ

きょうは  巨海町  仮宿町を  中心とした  

「西崎会」の  メンバー

会費制で  毎年1回  1泊2日の  旅行を  楽しんでいる

そこに  Tくんと  私が  合流させてもらった  形だ

総勢  24名  女性の  参加は  7人

同じ  学校で  9年間  過ごしたけれど  

卒業して  60年近くが  経っている

そのあとの  人生は  みんな  千差万別  十人十色

懐かしく  ない  わけは  ない

二次会も  盛り上がる  声も  大きくなる

私は  お腹も  一杯  お酒も  回っている

できるだけ  聞き役に  回る

みんな  自分の  人生や  いま  関心の  あることを  

話したくて  仕方がない

一次会は  20時過ぎに  終わったが  

二次会は  あっという間に  24時近くに  なる

まだ  お風呂は  OK  とのことで  

私は  一人抜けて  1階の  内風呂へ

なぜか  一人  貸し切りだった

一次会の  お酒は  入っているが   

3時間以上  過ぎており  

また  お腹一杯  食べたので  酔いは  大丈夫  

風呂の  温度も  ちょうど  良い

部屋に  戻ったら  SUくんが  寝ていた

二次会は  続いているようだが  

私も  そのまま  床に  入って  寝てしまった

南知多「内藤屋」  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 22:00
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稲垣喜代志展

2018.10.21/日

サンパーク  起床

目覚めは  遅く  09:00  過ぎる

メールチェックや  洗濯   観葉植物の  水やり  

朝風呂などで  昼に なる

きょうは  

稲垣喜代志展と 「動物ぜつめつ図鑑」の  

トークイベントに  行く  予定を 立てた

明日の  健康診断が  08:00から

いつもの  春日井行きは  取り止めたため  

時間が  できた

稲垣喜代志展「反骨の編集者  稲垣喜代志の  眼差し」は 

「文化のみち二葉館」で  開催

二葉館の  行き方を  ネットで  調べてみると  

地下鉄では  少し  不便  

桜通線の  「高岳駅」から  徒歩10分  かかる

なごや観光ルートバス「メーグル」だと  目の前で  止まるようだ

12時過ぎ  サンパークを  出て  名古屋駅バスセンターへ

「メーグル」は  11番乗り場から  出ていた

着いたら  すぐに  バスが  来た

すでに  たくさんの  人が  列を  作って  並んでいる

名古屋は  大した  観光地ではないのに  

この  人の  多さは  どうしたことか

それも  けっこう  高齢者が  多い

それは  しばらくして  わかった

210円を  支払い  バスに  乗り込んだら  

幸い  最前列の  左の  席に  座ることができた

しかし  あとから  あとから  人が  乗ってくる

いつの間にか  バスは  超満員になる

地元に  居ながら  名古屋観光は  あまりしたことがない

バスは  

「トヨタ産業技術記念館」→「ノリタケの森」→「四間道」

→「名古屋城」→「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」

と  名古屋の  おもな  観光施設を  経由して  

「文化のみち二葉館」へ

どのバス停も  人が  けっこう  乗り降りする

名古屋城あたりで  わかったことだが  

きょう10/21は  「名古屋まつり」の日  だった

市役所近くの  道路には  戦国時代の  衣装を  纏って  

これから  行列に  参加する人や  見物人で  賑わっていた

それで  観光バスも  人で  一杯なのか

きょうは  市の  ほとんどの  文化施設が  無料に  なるはずだ

一瞬  予定を  変えて  「まつり行列」の  見物に  行こうと  思ったが  

時間も  遅く  カメラなどの  準備も  していないので  諦めた

二葉館に  着くまでには  けっこう  時間が  かかった

入館料は  やはり  本日は  無料

館内も  けっこう 人が  多い

「稲垣喜代志展」は  2階の  2室で  開催されていた

最初の  1室に  入った

思っていたより  狭い  横長の  部屋で  10畳ほどか

二葉館は  展示用に  作られた  施設ではない

大正時代  「日本最初の  女優」と  言われた  

川上貞奴が  住んでいた  屋敷を  移築した  もので  

和洋折衷の  住居  しかし  豪華  

かつては  「二葉御殿」と  言われた

部屋には  稲垣喜代志の  詳しい  プロフィールや  遺品  

手書きの  原稿用紙   

親しかった  人たちの  回顧の  言葉が  飾らせていた

もう1室は  風媒社の  出版物の  展示室に  なっていた

「動物ぜつめつ図鑑」の  トークイベントは  諦めて  

稲垣喜代志展を  じっくり  見学することに  した

「稲垣喜代志」は  学生時代から  ずーっと  気にしていた人  

名古屋の  地に  「風媒社」という  小さな  出版社を  作り  

まさに  「反骨の炎」を  灯し続けた  出版人

「権威に寄りかからず、地域に根差し、

地域に埋もれた人を発掘して世に出そう。

タンポポがそよ風に綿毛を託すように、

花々の受粉を助ける風のようになろう。

社名にそんな願いを込めた」 

これは 

2013年11月19日  朝日新聞・連載「そよ風に託して」の  

記事の  一部

1963年  昭和38年  30歳   

野にあって  埋もれている  有為の  人を  発掘して  

世に  送りたい

と  名古屋の  地で  「風媒社」を  設立・創業

出身は  私も  縁のある  刈谷市  

安城農林高校を  経て  法政大学文学部  法学部へ

藤田省三  松下圭一らから  学ぶ

「全日本学園復興会議」に参加

卒業後  美作太郎の  紹介で  学生社へ

そのあと  日本読書新聞社へ  三木卓を  誘う

風媒社の  出版第一号は  歌集『はるかなる陽ざし』

地域に  根差した  出版社を  スタートさせる

1969年  36歳 

NRの会(現在はNR出版会)を  9 社で  設立

ノンセクトラジカル  ノーリターン(返本無し)の  

両方の  意味を  持つ

1998年  65歳から  愛知淑徳大学の非常勤講師

10年間  講師稼業を  兼ねる

2011年  78歳  社長から  会長へ

2017年  84歳  会長退任  10月28日  死去

病名は  大動脈解離

84歳の  生涯は  やはり  「反骨の編集者」の  人生だった

この  「文化不毛の地」と  言われる  名古屋に  あって  

彼は  出版人として  まさに  稀有の人だった

あまりにも  遅すぎるが  

彼の  編集者魂を  少しでも  体感したいと

2時間ほど  展示室を  うろつく

稲垣喜代志展の  すぐ横には  

さらに  狭い  部屋が あり  

常設展として  城山三郎コーナーが  あった

二葉館は  

2階を  利用して  郷土ゆかりの  文学資料館に  なっていた

少し  二葉館内を  見学したあと  

16時過ぎに  地下鉄「高岳駅」を  目指した

途中   「撞木館(しゅもくかん)」に  寄る

二葉館あたりは  

徳川園も  含めて  名古屋「文化のみち」と  いわれ  

江戸時代から  明治  大正へと  続く  名古屋の  近代化の歩みを   伝える  

多くの  建物など  貴重な  歴史的建造物が  残されている

「撞木館」も  その1つ  陶磁器商が  建てた家

20分ほど  館内を  回る

切り絵の  展示イベントを  やっていた

このあたりは  当時の  名古屋豪商の  家が  並ぶ

名古屋文化の  中心だった

その帰り  名古屋の  老舗書店「正文館」に  寄る

目的は  本ではなく  

知り合いの  奥さんが  オーナーの  フェアトレードの  店

「風`ず」を  見てみたいと  思ったからだ

2階の  奥に  あった

すべて  フェアトレード商品だろう  

いろいろ着飾った  入り口 

中には  入らなかったが  

外から  さまざまな  品物が  見える

客は  一人も  いないが  パワフルな  店だった

高岳駅は  桜通線  名古屋駅までは  東山線と  並行して  走っている

名古屋まつりの  せいか  やはり  乗客は  多い

名古屋駅に  着いて  ステーキの  店を  探す

明日は  健康診断

きょう  21:00過ぎは  飲食禁止

KITTEビルの  地下にある  「ゴッチーズビーフKITTE名古屋店」に  入る

200グラムの  ショルダーロースステーキと  サラダ  生ビール

帰りは  サンパーク  直行

きょうは  よく歩いた

しかし  10,000歩は  いっていない

夜は  テレビ「ダーウィンが来た!」「西郷どん」「下町ロケット」を  観る

「下町ロケット」は  続きを  見たくなる

サンパーク  泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 23:00
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奄美大島旅行記ー


《奄美大島旅行記/3日目》
2018.10.08/月
ホテル「コーラルパームス」 起床
昨日と  同じ6時前に  目が覚める
今日も  快晴
ベランダから  朝日を  眺めることが  できた
8:00  朝食
昨日と  同じ  バイキング
並べられている  食べ物  飲み物  ほとんど  昨日と同じ
今日も  和食系の  バイキングに  する
みんなは  部屋に  戻ったけれど  
私は  広場の  前の  海岸沿いにある  遊歩道を  散歩してみる
蝉の声が  うるさいほど  聞こえてくる
10月だと  言うのに  やはり  ここは  夏だ
しばらく  行くと  砂浜が  見えてきた
ホテルの  人が  言っていた  海水浴場は  ここだったのか
カップルが  砂浜で  休んでいたり  
親子連れが  海に  入って  楽しんで  いたりする
私も  一応  シュノーケルや  水中メガネ  水着等を  
キャリアバックの  中に  入れてきた
時間が  できたら  少しでも  海水浴を  楽しみたかったけれど  
今回は  諦めた
きょうは  10:00  ホテル出発予定
15分ほどで  遊歩道を  引き返した
部屋に  戻り  30分で  荷物を整理して  
バッグや  カメラ  貴重品など  いっさいを  持って  ロビーへ
10:00  2日間  世話に  なった  コーラルパームスを  跡にする
古い  リゾートホテルでは  あったが  
また  部屋には  ときどき  小さな  虫が  顔を  出したが
天井も  高く  部屋も  広く  
ベランダからの  景観も  気に入り  
まあまあ  私は  満足した  ホテルだった
ワゴン車が  最初に  向かった  ところは  「奄美パーク」
奄美大島の  歴史や  特徴を  紹介している  テーマパーク
ここには「田中一村記念美術館」がある
テーマパークと  美術館巡り  合わせて  1時間ほどしかなく  
慌ただしい  見学だった
しかし  田中一村美術館に  来られたことは  良かった
一生独身で  恵まれない  生涯を  送った  画家では  あるけれど  
絵は  とても  良かった
ほとんど  ゆっくりと  鑑賞が  できず  残念だったが  
鮮やかさと  きめ細かさと  構図の良さは  素晴らしい
奄美に  来て  きょうで  3日目
田中一村が  ここを  気に入り  一生を  過ごした  わけも  
なんとなく  理解できるような  気がする
自然と  文化と  人柄の  良さが  奄美には  たっぷりと  残っている
羽田から  飛行機で  2時間ほどで  来ることが  できる
一村は  もちろん  船で  やってきたんだ  けれど  
日本に  こうした  素朴な  島が  ある  ことは  とても  うれしい
11時半  「ハートロック」という  ところに案内される
道路沿いから  ジャングルぽい  砂地の道を  通って  
海岸に  出てみると  広い砂浜と  岩場が  あり  
その岩場の  1つに  完全に  ハート型に  なった  凹みが  できていた
これが  「ハートロック」と  いうらしい
若い  女性や  カップルが  けっこう  見学に  来ていた
最後は  メイン道路  58号線沿いの  鶏飯の  専門店で  昼食
3人は  やはり  食べ物には  目がないようだ
きのうの  ランチも  鶏飯を  食べた  はずなのに  やはり  本格的な  鶏飯を  食べたいようだ
私も  付き合う
きのうの  シーフードレストランとは  ひと味  違う
しかし  鶏飯と  言いながら  あいかわらず  具の鶏は  わずか
私は  冷凍物では  あったが  「とりさし」が  おいしかった
昼食が  終わったあとは  奄美空港へ  直行
羽田行きは  15:05発であるが  13時過ぎには  到着
お世話に  なった  案内&運転手の  前田さんに  お礼を  言って  空港内へ
やはり  小さな空港
少し  見っともなかったが  空港入り口で  上半身だけ  着替えをする
土産は  できたら  預け荷物の  キャリアバックの  中に  入れたかったので  
荷物検査の  前に  1階の  土産売り場で  何点か  買う
荷物検査を  終えて  2階に  上がったら  2階には  たくさんの  土産物店が  あった
チェックインを  済ませたあと  2階の  待合室にも  土産物屋さんが   あり  
きのうの  島唄の  居酒屋「かずえ」で  飲んだ  黒糖焼酎「里の曙」を  1本  買う
15:05  少し遅れて  JAL機は  フライト 
帰りも  天気は  上々
機内では  Sさんが  となりの  席
気を  遣わない  気楽な  帰り旅と  なって  ありがたい
最近  開設した  という 「JAL国内線機内Wi-Fiサービス」に  ついて  

Sさんと  やりとり
お互いに  Wi-Fiが  つながり  LINEで  実験
Nくんも  参加
早々と  機内Wi–Fiが  できたようだ  さすが
羽田空港に  近づくころ  窓から  富士山が  遠くに  見え始めた
すぐに 機内アナウンスで  「左側に  富士山が  見えます」と  案内も  あった
見つけたのは  私のほうが  早い
まだ  雪は  全く  かかっていなく  雲の上に  黒々とした  三角の  山形が  見える  だけだった
しかし  雲上に  見える山は  富士山だけ
やはり  孤高の  山
飛行機は  予定より  10ほど  早く  羽田空港に  到着
クラスJの  メリットの  1つだと  言われていたが  預けた  機内荷物も  すぐに  出てきた
国内線は  チェックインも  チェックアウトも  
国際線に  比べて  非常に  簡単だ
空港の  外に  出ると  もう  すっかり  暗くなっていた
Sくんの  車を  預けた  駐車場に  立ち寄って  引き取り  
一路  飯田橋へと  向かってもらった
お台場の  夜景は  見事だ
右も  左も  宝石を  規則正しく  散りばめたように  高層マンションの 明かりが  見える
きょうは  「体育の日」  会社は  お休み 
みんな  家々に  帰り  のんびりした  生活の  明かりだろう
ここには  奄美には  ない  全く  違う  暮らしが  ある
羽田空港から  都内に  入る 道路も  入り組んでいる
都会は  明かりは  少ないが  やはり  高層ビルの  ジャングルだ
ここは  奄美大島とは  まったく  別の  世界が  ある
我々が  生きていかなくては  いけない  大都会  東京
2泊3日の  短い  旅行が  終わった
きょうは  祝日  
神楽坂マンションでの  休日の  泊まりは  珍しい

 

10月に  奄美で蝉の  声を聞く

島唄の  心に沁みる  名瀬酒場

糸紡ぐ  思いを隠し  波の音

一村の  奄美南画に  驚愕す

秋半ば  奄美の島で  骨休み

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 22:00
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奄美大島旅行記ー

《奄美大島旅行記/2日目》
2018.10.07/日
ホテル「コーラルパームス」  起床
6:00前に  目覚める
ホテルの  部屋の  ベランダから  日の出を  眺める
昇る  朝日を  見るなんて  久しぶり
ベランダの  前には  芝生が  敷かれた  広場が  あり  
右手は  プール  左手には  三角の  モニュメントが  あり  
どこからか  ニワトリの  鳴き声が  ひっきりなしに  聞こえてくる
広場の  向こうに  海岸が  あり  
その向こうが  太平洋  かなたから  朝日が  ゆっくり  昇っていく
その景観を  写真に  収める
きょうは  快晴に  近い  晴れ

7:30  朝食  バイキング
9:00  奄美観光に  出発
まず  ホテル近くの  「あやまる岬」 
さんご礁の  海が  一望できる

空には  赤い  ハンググライダー
「あやまる岬」は  奄美十景の  ひとつ  公園に  なっている
ソテツの  群生地も  見学
そのあと  30分以上  車に  乗り  
名瀬を  通り  住用町の  マングローブ原生林へ
熱帯 - 亜熱帯地域の  河口汽水域の  塩性湿地に  成立する  森林で  
紅樹林  または  海漂林とも  言うらしい
植物の  生命力を  感じさせる
次に  向かったのは  瀬戸内町の  高地山展望台  
大島海峡  古仁屋港が  一望できる
古仁屋港に  下りて  シーフードレストランで  ランチ
シーフードレストランでは  あるが  
奄美の  定番料理  「鶏飯」を  みんな  食べる
鶏飯と  いっても  鶏肉は  ほんの  わずか
いろいろな  具を  混ぜ合わせて  お茶漬け風に  食べる  料理
私は  瓶ビール  1本
13:45  港近くに  係留している  グラスボートに  乗船
20分ほど  海中から  サンゴ礁や  近くの  魚たちを  見学する
期待しているほど  魚の  種類も  数も  多くなかった
しかし  奄美は  真夏日  船上は  海風が  心地良い
次に向かったのは  「ホノホシ海岸」
太平洋からの  荒波で  海岸の  小石が  すべて  丸くなっている
波が引くとき  石が洗われ  重なりあって  サラサラと  音を  立てる
丸い  小石が  いっぱい  敷き詰められた  海岸は  珍しいとのこと
帰り  626号線沿いにある  景観の  良い  場所や  
湾が  ハート型に 見える  高台に  立ち寄る
そのあとは  58号線で  まっすぐに  名瀬に向かう
途中  大川ダムに  寄り  トイレ休憩
名瀬に  17時ごろに  着く
予約していた  店の  夕食までに  少し  時間が  あるとのことで  
名瀬の  繁華街や  名瀬港を    案内してくれる
繁華街は  今も  夜は  たいへん  賑わっている  と言う
港は  広い  公園にも  なっており  
10トン近くの  大型船も  係留できる  と言う
18時少し前に  「かずえ」という  店に
大島料理を  食べながら  
地元の  島唄を  楽しむことが  できる  店とのこと
あまりにも  狭くて  古い店で  驚いた
座敷は  4人卓が  3つ  カウンターは  6人で  いっぱい  
座敷といっても  大人4人が  座ると  窮屈で  仕方がない  
足を  伸ばす  ことも  難しい
通路も  人が通るときに  苦労する  
カウンター前の  調理場も  狭い
しかし  奄美料理を  味わいながら  島唄を  楽しむことが  できる  お店として  
たいへん  有名な  居酒屋らしい
確かに  お任せコースとして  出された  料理は  
どれも  みんな  美味しい
量も  豊富  
生ビールの  あと  焼酎を  いろいろ  楽しもうと  思ったが  
水割り1杯で  酔いが  回ってきて  残念だけど  烏龍茶に  した
店の  女性が  焼酎の  銘柄は  「あけぼの」と  話してくれた
あとで  わかったが  奄美大島特産の  黒糖焼酎「里の曙」(サトアケ)とのこと
客は  最初は  我々だけだったけれど  19時ごろには  いっぱいになった
島唄は  19時30分頃から  始まった
鳥打ち帽姿の  中年の  男の人が  狭い  入り口から  入ってきて  店の中央の  柱に  掲げてあった  三味線を  取り出し  音慣らしを  始めた
島唄は  掛け合い歌  とのこと
鳥打ち帽の  男の人が  三味線を  弾きながら まずは  歌い始める
すると  その後に  つられて  店のママさんが  引き取って  歌い始める
ママさんは  先ほどまで  料理を  作っていた  女性だ
白髪で  普通の  年取った  おばあさんに  見えた
この人が  「かずえ」さんか
歌い始めると  伸びやかな  声が  店内に  広がった
しかも  歌いながら  料理も作っている
三味線の  男と  女性が  交互に歌い上げていく
どの歌も  哀愁が  込められている
ここ奄美に限らず  日本全国や  世界の  地元の歌は  
例外なく  もの悲しく  哀愁を  帯びた  歌が  多い
人は  辛いときや  苦しいとき  歌を  口ずさむのだろう
途中から  太鼓の  音も  加わった
太鼓は  お客全員に  回され  私も  叩かされた
21時ごろ  中締めっぽくなり  我々は  店を  出た
タクシーで  「山羊島(やぎじま)ホテル」へ
ここは  日帰り温泉が  あるとのこと
「山羊島の湯」という名称
奄美初の  展望露天風呂付き  大浴場。
温泉では  ないようだが  
ホテルの  最上階  1フロアが  すべて温浴スペース
展望露天風呂からは  名瀬湾と  名瀬の街並みを  一望できる  
設備も  良い  
夜景も  良い
露天風呂から  夜の  港を  眺める
遊覧船か  フェリーか  わからないが  大型船が  煌々と  明かりを  灯し  
海上も  照らして  ゆっくり  寄港する  
この  景観は  思い出に  残る
23時近く  「山羊島ホテル」を  跡にする
昼の  ガイド兼ドライバーの  前田さんが  同じ  ワゴン車で  迎えに  来てくれた
23:30近くに  「コーラルパームス」ホテルに  到着
ホテルの  部屋で  
昨日の  帰り道  コンビニで  買った  缶ビールを  1本  開ける
「コーラルパームス」ホテル  泊まり
大島を  堪能した  長い  1日だった

author:Tetsuo Kobayashi, category:-, 22:00
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奄美大島旅行記ー

《奄美大島旅行記/第1日目》
2018.10.06/土
神楽坂マンション  6:30前に  起床  
曇り
台風25号の  影響で  飛行機を  心配したが  飛行OK!!
きのうだったら  ダメ
運が  良い
トーストで  朝食
奄美大島旅行の  荷物確認
風呂
8:30過ぎ  Mくん  迎えに  来る
弟の  Nくん  M社の  Sさんも  一緒
きょうから  3日間  3人と  奄美大島の旅行
羽田空港には  10:00前に  着く
早い  ランチ  親子丼そばセットと  生ビール
チェックインで  荷物検査のとき  
筆記セットの中に  あった  カッターナイフ  ミニ万能セットが  
引っかかって  没収される
うっかりしていた
いつもは  取り外しておくか  機内持ち込み荷物に  移し換えておくのに  
すっかり  忘れていた
カードラウンジで  休憩
12:05  JALで  奄美大島空港へ  出発
飛行機  思っていたより  小さい
機内は  満席
私の  席は  前から  2列目  向かって  右側の  窓側  
Jクラス(クラスJ)  
エコノミーより 1ランク  上とのこと
2時間ほどで  奄美大島空港に  着陸
やはり  小さな  空港  
さらに  国内線の  ためか  チェックアウトも  簡単
空港ロビーに  すでに  田中タクシーさんが  待っていた
3日間  奄美大島旅行を  案内してくれる  予定
総数8人は乗れる  ワゴン車
案内兼運転手さんは  前田と  名乗った
前田さんの  運転で  まずは  「大島紬村」
糸染めから  生地が  できるまでの  工程を  見学
奄美の  大島紬は  とても  複雑な  工程を 経て  作られる
値段が  高いのも  頷ける
買いたいものは  あったが  手が  届かない
貧乏性は  治らない
次に 向かったのは  西郷隆盛南洲謫居(たっきょ)跡
愛加那と  暮らした  場所  とのこと
島流しされても  結婚できて  子どもも  生まれる
こんな  「島流し」なら  大歓迎だ
次は  蘇鉄(ソテツ)群生地  名瀬港を  通って  大浜海浜公園へ
東シナ海に  沈む  夕日を  見る
ギリギリ  間に合う
帰りは  かごしまロマン街道を  通って  ホテルへ
ホテル名は  「奄美大島コーラルパームス」
奄美空港近くに  ある  ホテル
19時30分ごろに  到着
少し  古いが  リゾートホテル
20時00分〜  夕食
「黒豚しゃぶしゃぶ」プラスアルファ
その「プラスアルファ」が  むちゃくちゃ  たくさん
みんな  よく  食べる  それに  早い
私も  つられて  必死に  付いていく
でも  みんな  美味しかった
お腹が  破裂しそうで  部屋に  着いたら  そのまま  ベッドイン
22時  就眠
きょうは  コーラルパームスホテル  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 22:00
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沖縄旅行

2017.08.19/土

出発は  飯田橋駅を  6時半

浜松町から  モノレール  羽田第2空港ターミナルへ

7時半  羽田空港  人多し

満員の  ANA0995便  なんとか席確保

残念ながら  窓側の席  取れず 

通路席  壁あっても  足伸ばせる

一列が  343の10人乗り  ジャンボ機

乗務員  徹底した笑顔  無駄のない動き

9時10分発  那覇空港までは  2時間半

天気良し  残念ながら  島々の景色  ゆっくり見られず

飛行機は  新幹線より  揺れることなし

11時45分  定刻どおり  那覇空港着

やっぱり  南国の暑さ  身体包む

空港出口  レンタカー会社の   送迎バスに

この歳になって  初めてに近い  レンタカー

ハンドルも  ブレーキレバーも  慣れたけど

わからない  ナビゲーターの  扱いが

現地まで  高速やめて  58号線

那覇市内  渋滞抜けると  広い道

海沿い走る  沖縄本島の  1号線

嘉手納基地  続く続く  鉄条網

1機だけ  車の前を  軍用機

嘉手納基地  ここは本島  ど真ん中

58号線  車少ない  メインストリート

ホテルには  ランチ挟んで  3時間半

ホテルは3つ星  もうちょっと  ぜいたくすれば良かったか

窓からの  景色は見事  5つ星

ホテル前  海水浴は  目の前に

着いてすぐ  沖縄の海に  飛び込んだ

水きれい  志摩の海より  抜群に

シマダイか  ゆっくり泳ぐ  目の前を

集団で  珊瑚の中を  小魚の群れ

いまは我れ  沖縄の海を  堪能す

やや曇り  ときどき日差し  ありがたい

のんびりと  プライベートビーチ  1時間

夕食は  ステーキディナー  ロビーレストランで

ホテルの名  リゾネックス名護  周り何もなし

室内の  バスタブ広く  気に入った

 

2017.08.20 /日

2日目の  沖縄旅行  曇りなり

海水浴  ビュッフェモーニング  終えたあと

ときどき  海水浴日和  日差し刺し

海きれい  魚の動き  楽しめる

たっぷりと  2時間近く  海水の中

嬉しいな  水着のままに  ホテルの風呂へ

昼からは  期待の  沖縄美ら海水族館へ

レンターカーで  海沿いの道を  30分

水族館  着いた途端に  雨に遭う

館内は  人人人で  一杯に

夏休み  日曜日となれば  当たり前か

思ったより  規模は小さい  周りに比べ

何十種類か  同じ水槽に  いる魚

ジンベイ鮫  遠慮しながら  2匹回遊

大きさは  圧倒的だ  他に比べ

美ら海水族館  期待からすると  ちょっと残念

美ら海水族館  海洋博公園の  ほんの一施設

ホテルには  6時過ぎに  ぶじ帰る

ディナーバイキングの  レストランは  オーシャンビュー

飲み放題の  泡盛  安く美味しい

25度  30度  35度を  1杯ずつ

 

2017.08.21/月

外を見る  きょうは曇り  雨っぽい

11時過ぎ  2泊のホテル  あとにする

きのうから  きょうの予定は  琉球村

来るときに  58線琉沿いに 琉球村あり  

沖縄の  古き暮らしや  民芸文化

強烈な  スコールのような 雨が降る

琉球村  古き沖縄知る  テーマパーク

むかし一度  社員旅行で  来た感じ

たっぷりと  異国の風情  琉球村

沖縄そば  まるでうどん  少し細いが

サトウキビ  水牛が臼を回して  しぼり出す

丸々と  太っていた  水牛

あまりにも  静かな動き  沖縄舞踊

獅子舞いと  エイサー踊り  最後まで

帰りの58号  渋滞渋滞  焦りに焦る

那覇近く  いつものようだ  この渋滞

ありがたい  空港まで送ってくれる  レンターカー会社

驚いた  定員以上に予約取るのか  航空会社

20時05分発が  遅れて遅れて  21時半過ぎに  飛び立つ

来るときは  1列10人  帰るとき  1列7人

飛行機の  設備も違う  帰るとき

羽田着  24時近く  旅のトラブル  覚悟する

第二空港ターミナル  なんとか  最終に乗れる

浜松町から  神楽坂上まで  タクシーで

疲れたけれど  ぶじに帰れて  一安心

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 20:00
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伊勢志摩へ

2017.08.14/月

けっきょく  11時出発  伊勢志摩へ

東名阪道  16キロの渋滞  まあまあか

志摩ビーチホテル  着いた時間は  14時半

苦労して  やっと到着  道狭い  

ホテルけっこう  遠く  奥まったところ

それだけ  伊勢志摩エリアは  広いのか

葉子たちの  家族との再会は  1年ぶりか

まあまあ  みんな元気で  一安心

まあまあ  ホテルの部屋も広く  一安心

窓から見える  ホテルの目の前  千鳥ケ浜海水浴

曇っていても  問題なさそう  海水浴

高取家の  海水浴準備も  万端に

大きな浮き輪に  イルカの乗り物  ビーチボール

私も  シュノーケルまで  持ってきた

ありがたい  ホテルの部屋で  着替えできる

さっそく  目の前の浜辺に  全員向かう

思ったより  混んでいない  千鳥ケ浜海水浴

久しぶりの  海水浴びて  気持ち良い

なによりの薬  塩水いっぱい  身体に沁みてほしい

とりあえず  今年もできた  海水浴

やっぱり  海は広いな  大きいな

良かったな  葉子の家族も  楽しそう

十分だった  2時間弱の  海水浴

ありがたい  水着のまま  ホテルの温泉に  

内風呂広い  岩の露天風呂も  打たせ湯あり

大広間  夜の会食も  ゆったりと

刺身が  ちょっと多過ぎた

薫ちゃん  もう高校3年生か  話弾む

湊太くん  少食  途中で  部屋に戻る

食事後は  高取家みんな  ホテルのイベントへ

私は  ひとり 2回目の温泉へ

夜の内風呂  露天風呂  打たせ湯  楽しむ

天気予報  明日は雨  海水浴は無理だろう

 

2017.08.15/火

きょうの  目覚めは  志摩ビーチホテル

朝6時  ひとりだけの  露天風呂

このホテル  内も露天も  悪くない

昨夜の雨  いまは止んでいる  窓の外

天気予報  きょうは一日  雨とのこと

朝食は  きのうと同じ  大広間

海見ると  まだ雨降らず  泳ぐ人

帰り道   きのうとは別  パールロード

くねり道  きのうと同じ  でも広い

少しだけ  志摩の景観  展望台で

伊勢志摩は  けっこう広い  楽しめそう

鳥羽水族館  車も人もいっぱい  諦める

その代わり  すぐ横の  ミキモト真珠島へ

雨まだ降らず  人も少ない  真珠島

海女さんの  実演  二人だけ

潜るとき  腰と足が  まっすぐに

ビデオ撮り  若くて背の高い  海女さんを

あこや貝  手術なしでは  真珠できず

欲しいなあ  1個だけでも  ゴールド真珠

昼食は  鳥羽のドライブイン  全員で

葉子らと  ここでお別れ  またいつか

仕方ない  家族の縁の  薄さかな

雨の中  ひとりドライブ  悪くない

いっぱいの  家族やカップル  ドライブイン

眠気覚しに  インスタントコーヒー  ついでに  松坂牛コロッケ1つ

安濃サービスエリア

相変わらず  18キロ渋滞  東名阪道

伊勢自動車道と  大違い

サンパークまで  3時間半の  ひとりドライブ

なぜか  少しも退屈しない

夜は  コンビニ弁当  いなり寿司つきざるそば

葉子たちも  無事に  自宅に着いたみたい

孫たちと  海水浴で  盆終わる

伊勢志摩に  来年の夏  もう一度

 

2017.08.16/水

思ったより  泳がなかったのか  疲れなし

盆終わり  会社始まり  朝からメールチェック

会社行こうか  買い物しよか  迷ったけれど

気になって  夕方遅く  会社行く

丸八食堂で  大根サラダに  親子丼

 

2017.08.17/木

15時半  いつもの歯医者へ  直行す

それまでは  旅行の準備  沖縄の

伊藤くん  角くん誘い  夜は串カツ  初めての「田中」へ

 

2017.08.18/金

明日からの  沖縄旅行の  最終チェック

夕方の  明るいうちに  東京へ

神楽坂  久しぶりの  マンションへ

真っ先に  観葉植物  水をやり

珍しく  ちょっと興奮  寝不足に

 

 

 

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 20:00
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銀行も

2017.08.07/月

銀行も必死  生前贈与の  保険勧める

台風近づき  みんな早く  帰路に着く

珍しく  会社の鍵を  私が架ける

久しぶり  コンビニ弁当も  悪くない

ヒレカツに  野菜サラダも  コンビニで

台風の  風でやられた  ビニール傘

窓の外  大荒れに  なってきた  

 

2017.08.08/火

葉子から  超久しぶりに  LINEメール

盆休み  エクシブを  予約できるかと

あまりにも  いまからだと  絶対に無理

一人で  海水浴行こうと  悩んでた

志摩ビーチホテルを  14日に  予約!

14日  晴れてくれると  ありがたい

超久しぶり  葉子の家族との  交流

会社の  メールチェック  これが私の主たる仕事

いろいろと  対応に追われる  朝の時間

すぐ出る答え  考えなくてはいけない答え  相変わらず

台風5号  雨と風の被害  あちこちに

ベランダも  鉢や垣根が倒れ  びっくり

やりました  後片付けのついでに  ベランダ掃除

17時から  社労士Sさんとの  定例会

終わったあとは  いつもの会食

今夜は  オステリア・ラウラ  イタリアレストラン

店主の  野呂氏  会話弾む

Sさんの  北海道バイク旅行の話も

 

2017.08.09/水

歯医者も  眼医者も  さぼりっぱなし

相変わらず  メールと回覧資料の  整理で終わる

名古屋丸八食堂  ヒレカツ定食  冷酒1杯

設定が  うまくいかない  LANDISK

おまけに  インターネットも  だめになる

  

2017.08.10/木

一般書Sさんに  長い長い  メール書く

坂くんに  ネットの不調  電話する

原因は  Wi-Fiパスワード認証切れ  あまりにも単純

きのうの  長い苦労は  何だったのか

おかげで  LANDISKも  繋がった  

会社予定なく  一日中  サンパーク

夕食は  素麺茹でて  自炊食  

 

2017.08.11/金

来週の  沖縄旅行  ネットで手配

問題は  羽田からの  エアーチケット

失敗は  ホテルのチェック  おろそかに

少しずつ  予約の勇気  身につける

これからは  積極的に  旅予約

8月の予定は

・14-15日  志摩ビーチホテル  海水浴

・19-21日  沖縄旅行  羽田から

・25-28日  富山・金沢の旅

夕食は  ハヤシライスに  玉葱野菜

 

2017.08.12/土

14日からの  葉子たちとの  旅行の準備

楽しいと  いつも感じる  旅のしたく

やっぱりな  ゴールより  プロセス大事

久しぶり  海水浴の準備  天気心配   

夕方に  奈々子のいる  春日井帰る

行く途中  ガソリンスタンド  立ち寄る

ガソリン満タン  エアーチェック  車水洗い

電話したら  すでに夕食済んだと  奈々子の返事

けっきょく  いつもの  吉野家牛丼弁当

帰っても  奈々子は2階  一人夕食

奈々子とは  ほとんど  会話できず

 

2017.08.13/日

墓参り  しようと思ったけれど  諦めた

親不孝  1年に一度もしない  墓参り

だんだんと  お袋親父  離れてく

溜まった  新聞読みに  半日つぶれる

そのあとに  メールのメモの  整理行う

明日からの  旅行のために  名古屋に帰る

けっきょく  会食できず  奈々子とは

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 20:00
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