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カンボジア・アンコールワットの旅❹

2019.01.14/月

ソカシェムリアップリゾートホテル  起床

06:30  朝食  広い  会場  バイキング料理

S兄弟は  すでに  終わっていた

食べたいものを  皿に  盛って  テーブルに  運んだが  半分近く  残してしまった

まずくは  ないが  昨日も  けっこう  食べたせいか  

また  最近は  食べる  量は  確かに  少なくなった  気がする

すべての  荷物を  持って  ロビーへ

チェックアウトは  添乗員の  曽我さんが  やってくれた

08:00  時間どおり  「トンレサップ湖クルーズ」へ  出発

30分ほどで  船着場へ  到着

途中  道路も 悪く  車は  ゆっくり

車窓から  カンボジアの  一般的な  暮らしぶりを  見る

小さい頃の  田舎の  風景に  似ている

船着場は  けっこう  いろいろ  大小  たくさんの  観光船が  停まっている

その1つに  乗り込み  トンレサップ湖の クルーズへ

目的は  地元民の  水上生活の  見学

水上村には  学校  教会  警察署  ショッピングセンター  カフェ  畑など  何でも  揃っている

乾季と  雨季に  よって  すべての  施設  家々が  場所を  移動する  という

また  それぞれの  家が  さまざまな  魚を  養殖している

途中で  寄った  カフェ兼ショッピングセンターでは  たくさんの  ワニも  飼っていた

水の  上だから  とても  涼しく  過ごしやすい

トンレサップ湖は  東南アジア最大級の  淡水湖

琵琶湖の  乾季は  6倍  雨季は  10倍以上に  なるという

2時間30分ほどの  クルーズ

我々と  同じような  観光客を  乗せた  船が  頻繁に  行き交う

ここも  観光地の  一つだ

12:00  ホテルに  戻り  昼食

広い  レストランで  「クメール料理」

けっこう  美味しかった

1時間ほどで  食事を  終え  

次は  シェムリアップ市内の  中心に  ある「オールドマーケット」へ

道路に  囲まれた  100メートル四方の  施設

周囲は  観光客向けの  土産店

しかし  中に  入ると  完全に  地元民の  ための  市場  マーケット

きれいに  十字路が  できており  それぞれの  シマごとに  さまざまな  肉  魚  野菜  果物  衣服  加工品の  店が  あり  

女性が  台の  上に  乗り  さばいたり  売ったりしている

「市場」は  どこの  国も  活気が  ある

「オールドマーケット」での  時間は  40分

20分は  市場見学  あとの  20分は  土産の  買い物の  時間に  した

土産は  自分用に  仏像の  木製の  壁掛け  置き物と  アンコールワットの  置き物を  買う

これで  今回の  旅行の  訪問地は  すべて  終わり

あとは  プノンペン空港近くの  レストランで  夕食の  あと  空港へ  という  流れ

シェムリアップから  プノンペンまでは  約5時間30分  かかるという

バス内は  いちばん  後ろの  席

ここは  穴場だ

足元も  広いし  席の  リクライニングも  ビジネスクラス並み

また  高さも  あり  前方が  よく  見渡せる

仮眠も  十分に  できた

18:00ごろ  空港近くの  中華レストランへ

ここも  広い

夕食は  「中華料理」 

ここも  たいへん  美味しかった

もう  外は  真っ暗

19:00ごろ  プノンペン空港へ

オールドマーケットで  買った  土産品を  トランクに  詰めて  長袖の  シャツに  着替える

チェックイン  搭乗検査  ぶじに  終わり  搭乗エリアへ

プノンペン空港  規模は  小さいが  きれい

人も  少ない

1時間ほど  ラウンジで  休憩

ジュース  コーヒーを  飲みながら  日本へ  メール

Wi-Fiが  つながれば  日本と  全く  同じように  メールも  インターネットも  できる

充電も  行う

搭乗集合時間は  22:20

21:20過ぎ  ラウンジを  あとにして  空港内の  土産売り場へ

Tシャツ  置き物  小物入れを  買う

22:20の  搭乗集合時間に  少し  遅れてしまった

ANA818便に  乗り込む

席は  7A  来るときと  同じ

また  今回も  ありがたいことに  隣は  空席

行きと 同じように  機内手荷物や  カメラ類の  置き場に  させてもらった

22:50  時間どおりに  飛行機は  動き始めた

これから  所要時間:5時間40分の  フライト

来るときは  所要時間:6時間50分

1時間10分  短い

時差の  せいか

冷たい タオル  飲み物が  出たあと  機内は  すぐに  消灯

外は  真っ暗

しばらく  席前の  画面で  NHKニュース  ビデオ映像を  見ていたが   1時間ほどで  スイッチを  切って  座席を  真横にする

ビジネスクラスは  これが  できるから  ありがたい

2〜3時間  仮眠しただろうか

04:00ごろ  起こされる

食事は  来るときと  同じ  洋食を  注文

しかし  1/3近く  残してしまった

06:30  予定どおり  成田空港に  到着

外は  まだ  暗い

入国審査も  電子的に  自動化ゲートで  できて  すぐに 終わる

機内預け荷物の  トランクも  すぐに  出てきた

手荷物  トランク  すべてを  持って  空港出口へ

やはり  寒い

長袖  ブレザーは  着用していても  やはり  たいへん  寒い

民間駐車場からの  迎えの  車が  来るまで  できるだけ 空港の  室内で  過ごす

外は  だいぶ  明るくなってきた

07:30ごろ  民間駐車場で  S兄弟の  車に  乗り換え  一路  東京へ

運転は  弟の  Nくん

途中  渋滞に  巻き込まれたが  09:30ごろには  神楽坂に  ぶじに  着いた

荷物の  片付けも  そこそこに  冬用に  着替えて  とりあえず  布団の  中へ

あ〜  アンコールワット旅行も  これで  無事に   終わった

行く前は  咳も  ひどく  体調も  良くなかった大丈夫かなと  いろいろ  不安で  心配したが  

旅行中の  体調も  思っていたより  まあまあ  良い  状態だった

旅も  トラブルは  ほとんど  なく  思った  以上に  十分  楽しんだ

トラブルと  言えば  ビデオカメラの  タッチパネルが  旅行の  途中で  動かなくなったくらいか

撮影は  問題なく  できた

あとは  撮影データの  取り出しを  どうするか  気にはなっているが  とにかく  「良かった  旅行」と  思う

プノンペン  シェムリアップ  ナイトツアー  アンコールトム  アンコールワット  トンレサップ湖  オールドマーケット  それに  食事  ホテル  いずれも  楽しむ  ことが  できた

ツアーの  同行者とは  ほとんど  話は  しなかったが  それも  気に  しないで  済んだ

ガイドの  パシットさんも  添乗員の  曽我さんも  よく  やってくれた

今年  厄年の  最初の海外旅行  カンボジア・アンコールワットの  旅

良い  思い出に  なるに  違いない

カンボジアは  つい最近まで  たび重なる  内戦で  

混乱と  悲劇に  まみれた  国であることを  知識としては  知っている

また  国としても  まだまだ  貧しい

物乞いの  少女たちの  姿に  垣間見ることは  あったが  

たったの  5日間  それも  遺跡巡りの  観光ツアーの  旅だ

美味しいものを  食べ  豪華な  ホテルに  泊まり  

現地の  人との  交流は  ガイドさんだけ

それで  何が  わかると  いうのか

ただただ  「気分転換」に  なっただけだ

でも  いまの  自分には  「それで良し」と  するしかない

トンレサップ湖の  水上生活村見物に  行ったとき  

船乗り場で  私の  顔写真を  いつのまにか  撮って  

2時間後  帰りの  バス乗り場近くの  降船場に  帰ったとき  

中皿に  私の  写真を  貼り付けて  「5ドルで  買ってください」と

私に  売りつけてきた  少女が  いた

私が  バスに  乗るまで  離れなかった

私は  その皿を  最後まで  買わなかった

買うのを  拒否した

胸まで  押し付けてきた  手を  無理やり  払い退けた

バスの  中で  後悔した

500〜600円の  ことだ

「買ってやれば  良かったかな」と  反省した

いまは  その子に  謝りたい  気持ちが  少し  ある

写真は  おもちゃの  デジカメみたいな  もので  勝手に  撮った

しかし  我々が  水上村ツアーから  どこに  いつ  帰ってくるのか  知ってはいただろうが  

撮影したあと  2時間経って  私を  見つけて  私の  写っている  写真皿を  売りに来る

たぶん  いつも  同じことを  やっているのだろうから  彼女に  とっては  売れなくても  当たり前と  思っているかもしれない

しかし  あとで  考えてみたら  すごい  パワーだ

また  その  しつっこさは  必死な  だけに  哀れだ

小学生くらいの  彼女たちは  こうした  「物乞い」を  して  生活を  支えている

今回の  旅行で  至るところで  見てきた

バスに  乗ったあと  可哀想な  思いが  強く  なった

今回も  私は  たくさんの  写真を  撮った

しかし  自分の  写っている  写真は  ほとんどない

その  意味でも  「買ってやれば、良かったなあ」と  いまも  後悔している

そんな  思い出も  今回の  カンボジア・アンコールワットの  旅行は  残してくれた

 

・思ったより  水上暮らし  不便なし

・水上村  ホテルがあれば  泊まりたい 

・子どもたち  自転車代わりの  小舟漕ぐ

・水上レストラン  ワニもヘビも  食糧か

・なぜ買わぬ  少女の撮った  写真皿

・マーケット  外は旅行者  中は地元民

・市場には  肉  魚  野菜  果物  衣服  なんでもあり

・若い娘が  慣れた手つきで  魚さばく

・台に乗り  男座りで  肉を売る

・マーケット  店仕切るのは  女性たち

・お土産は  菩薩の顔と  ワットの置き物

・店の人  値切り過ぎたか  嫌な顔

・さようなら  シェムリアップ  遺跡の街

・バスの旅  夕陽に染まる  椰子畑

・旅の最後  中華料理で  晩ご飯

・プノンペン  きょうも渋滞  人も車も

・空港で  少し着替え  長袖に

・搭乗の  手続き終わり  ラウンジへ

・ Wi-Fiで  日本にメール  なんと便利か

・真夜中の  フライトも楽  ビジネスシート

・5日前  冬から夏へ  カンボジア

・1月の  5日間の  夏休み

・成田空港  夏から冬へ  舞い戻り

・さようなら  トンレサップ湖  皿売り少女

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❸

2019.01.13/日

ソカシェムリアップリゾート  起床

まだ  外は  真っ暗

05:30  長袖を  着て  懐中電灯を  持って  ホテルの  ロビーへ

もうすでに  みんな  集合している

バスで  15分ほど  アンコールワットに  到着

まだ  暗い

懐中電灯  役に 立つ

はじめ  見物人は  意外と  少ないなと  思ったが  

アンコールワットの  外掘の池を  渡り  西門の  中に  入ると  

すでに  大勢の  人が  朝日に  浮かぶ  アンコールワットの  鑑賞に  来ていた

とくに  第一回廊前の  池の  周りには  びっくりするくらい  人が  集まっていた

やはり  アンコールワットの  朝日鑑賞は  遺跡観光の  目玉に  なっているのだ

この  場所は  池に  シルエットで  浮かぶ  アンコールワットの  3つの  塔と  

遺跡の  背景から  登ってくる  朝日を  見るには  

いちばん  良い  ポイントの  ようだ

東の  空が  赤白く  明けてきた

朝日は  多少  雲が  かかり  完全な  形では  ないが  

やはり  幻想的な  景観では  ある

アンコールワットの  朝日鑑賞が  定番コースに  なっている  理由が  納得できる

06:30ごろまで  あちこちに  移動して  写真を  撮りまくった

そのあと  07:00  ホテルに  帰り  慌ただしく  バイキングの  朝食

部屋に  戻り  本格的な  遺跡めぐりの  したくを  して  ロビーへ

予定どおり  08:10  出発

まずは  「アンコールトム」へ

途中  小型バスに  乗り換える

アンコールトムは  アンコールワットより  圧倒的に  広い

アンコールトムは  遺跡というより  遺跡群を  中心とした  1つの  街と  言ったほうが  良い

案内パンフにも  「世界遺産  王と  神の  都市」とある

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アンコールトムとは「大きな街」という意味で、まさにその名のとおり。

1辺3kmの城壁に囲まれた大型の城塞都市。

アンコール・トムの内部は中央にバイヨン寺院、

そのバイヨン寺院の北に王宮や美しいテラスなどの遺跡群がある。

時の王、ジャヤヴァルマン七世は

ベトナムのチャンパ軍によって破壊された王都を再建し、

仏教による「神都」として再生させた。

(ネットより引用)

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と  ネットの  解説に ある

遺跡観光は  まずは  この「南大門」から  スタート

巨大な  観世音菩薩の  四面仏塔が  みごとと

ガイドブックの  説明に  あるが  

南大門の  入り口の  陸橋には  左右対象に  たくさんの  像が  整然と  並んでいる

次の  解説にも  あるが  54体ずつ  計108体  あるようだ

首が  斬られている  像も  多い

宗教性と  歴史を  感じさせる  入り口だ

この橋を  渡って  アンコールトムの  城内に  入っていく

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城郭都市アンコールトムへの入口は四方にあるが、

そのなかで最も立派な門がこの南大門。

高さ20メートルの巨大な門は、

繁栄の極みにあった城郭都市の入口にふさわしい風格と威厳に満ちている。

南大門へと続く陸橋の両側には、神々と阿修羅がナーガの胴体を引き合う像(54体ずつ計108体)がある。

(ネットより引用)

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当時は  人びとを  圧倒した  城門だった  ようだ

観光客の  中には  本物の  インド象の  背中に  乗って  南大門を  くぐっていく  人も  いる

次は  「バイヨン寺院」へ

ここは  アンコールトム遺跡の  中心で  「クメールの微笑」と  言われる  四面仏塔が  有名

四面とも  観世音菩薩の  顔だけが  彫られている

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バイヨン は、カンボジアのアンコール遺跡を形成するヒンドゥー・仏教混交の寺院跡。

アンコール・トムの中央付近にある。

バイヨンの  バは「美しい」という意味、ヨンは「塔」の意味を持つ。

(ネットより引用)

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「微笑している  顔」と  言われたら  そんな感じも  するが  

みんな  「瞑想している  顔」と  言ったほうが  ぴったりする

とにかく  でかい  顔が  あちこちに  並んでいる

そのあとは  「パブーオン」という  寺院へ

 「子隠し寺」と  言われる  

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バプーオンは「隠し子」という意味だそうだ。

バプーオンは、ウダヤディティヤヴァルマン2世の頃、

11世紀中ごろに作られたヒンドゥー教シバ派の寺院。

3層からなるピラミッド型の寺院だが、

バプーオンで目を引くのは、何と言っても池の中央を通る参道、空中参道。

この池と参道があるために、比較的単調なピラミッド型寺院が非常に優美に見える

(ネットより引用)

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そう  ネットの  解説には  あるが  

ツアーの  みんなに  着いて  行くだけで  必死

ゆっくり  観察できない

頭に  ほとんど  入っていない

だだ  「空中参道」は  記憶に  ある

高さ  1メートル  幅  3メートルほどの  長い  石の  橋だ

そして  次は  「ピミアナカス」という  遺跡へ 

ピラミッド型の  寺院だ

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11世紀初頭、スールヤヴァルマン一世が建立。

ピラミッド型の建造物で天上の宮殿という意味がある。

ラテライトで3層に積み上げられ祠堂が上にのっている建造物。

その中央塔には9つの頭を持った蛇ナーガ(蛇神)が宿り、女性に姿を変え、

王は夜な夜な女性(ナーガ)と交わらなければならなかった。

もし一夜でもこの行為を怠れば、王は早死にすると信じられていた、という伝説がある。

(ネットより引用)

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たいへんな  話だ

ヒンドュー教は  女性優位の  思想の  ようだ

「ナーガ」は  古代インドの  神話に  起源を  持つ  蛇神

アンコールトム  アンコールワットでは  あちこちに  見かける

次は  「象のテラス」へ

躍動感の ある  象の  彫刻が  有名

ーーーー

12世紀後半、ジャヤヴァルマン七世によって創られ、

王族の閲兵などに使われた王宮前にあり、

高さ3m、長さは300m以上、

東側壁には、その名のとおり象のレリーフが見られ、

また中央ブロック側壁にはガルーダ像レリーフがならんでいる。

300m以上の壁に象、ガルーダの彫刻が並んでいる光景は壮観。

めずらしいものだと思ったのは

テラス中央の階段にある象の鼻が蓮の花を摘んでいる柱になっていること。

(ネットより引用)

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「ガルーダ」は  インド神話に  登場する  炎の  ように  光り輝き  熱を  発する  神鳥とのこと

像の  彫像は  見かけたが  遠くから  だけだったので  印象に  残っていない

次は  「ライ王のテラス」へ

ーーーー

ライ王のテラスは、12世紀末にジャヤーヴァルマン7世が建てたもの。

もともとテラスの原型があったところに再建築したとされるもので、一辺は25m、高さは6mある。

新しいテラスの奥に古いテラスが残り、二重の壁面になっている。

このテラスでは15世紀に像が発見され、この像から「ライ王のテラス」と言われるようになった。

しかし発掘が進み、現在は、この像はお尻に刻まれた文から、閻魔大王であったことが判明している。

ライ王のテラスの壁面には、たくさんの壁画が刻まれている。

女性の神や剣を持つ神や冥界の神など神々、蛇や象や蟹などの姿もある。

広い壁面に細かくぎっしりと描かれており、見ごたえのあるものになっている。

また、二重の壁面の間が通路になっていて、新、旧の彫刻の違いをみることができる。

なお、このテラスにある閻魔大王の像は、現在はレプリカのもので、オリジナルは首都プノンペンの国立博物館の中庭にある。

(ネットより引用)

ーーーー

ネットの  解説には  そう  あるが  全く  記憶が  ない

ツアーの  みんなに  くっついていく  だけで  必死だった

しかし  次の  「タ・プローム」は  よく  覚えている 

巨大な  ガジュマルの  根に  覆われた  遺跡

ーーーー

12世紀末にジャヤヴァルマン七世が仏教寺院として建立。

後にヒンドゥー教寺院に改修されたと見られる。

東西約1000m南北約700mのラテライトの壁に囲まれた敷地の中にある。

この遺跡は、樹木に覆われた発見当時の様子を残すために樹木の除去などの修復をしていない。

しかし状態を保つためのメンテナンスは行われているようだ。

遺跡を侵食する樹木。

その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけられる。

(ネットより引用)

ーーーー

私の  好きな  女優アンジェリーナ・ジョリーの  主演映画「トゥームレイダー」の  ロケ地に  なった  ところだ

あちこちの  遺跡を  大蛇のような  樹木が  侵食し  覆い被さっている

アンコール王朝が  滅び  人びとが  居なくなってから  さらに  たいへん  長い  年月が  経ったことを  如実に  物語る  ちょっと  空恐ろしい  不思議な  光景だ

ガジュマルの  大樹が  遺跡群を  支配して  「ここは  俺たちの  土地だ」と  主張している  そんな  自然の  生命力を  感じさせる  印象的な  世界だ

この  「タ・プローム」は  写真や  絵はがきでも  よく  見る  光景だ

次は  「テップブラナム遺跡」

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テッププラナムは王宮の北側に位置する遺跡である。

幅の広い参道の両側には獅子の像が見られる。

(ネットより引用)

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記憶に  全くない

次の  「プリアピトウ遺跡」

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王宮跡の近くにプリアピトウと呼ばれる12世紀初頭に創建された5つの神殿とふたつのテラスからなる寺院遺跡がある。

遺跡は修復工事が全くされておらず、周りは鬱蒼としたジャングルに囲まれている。

(ネットより引用)

ーーーー

これも  記憶に  ないなぁ

しかし  次の  「バンデアイ・スレイ」は  覚えている

東洋の  モナリザ  と称される  デヴァダー像が  有名

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967年、ラージェンドラヴァルマン二世が建設を始め、ジャヤヴァルマン五世の時代に完成したヒンドゥー教寺院。

実質上の建立は、摂政役の王師ヤジュニャヴァラーハが行った。

バンテアイ・スレイは「女の砦」を意味する。

寺院は赤色砂岩とラテライトで築かれ、規模は小さいが、精巧で美しい彫刻が全面に刻まれている。

(ネットより引用)

ーーーー

「精巧で美しい彫刻」が  記憶に  ある

アンコールトムや  アンコールワットは  あらゆる  壁面に  

これでもか  というくらい  たくさんの  細やかな  彫刻が  されている

しかし  ここが  いちばん  芸術的にも  素晴らしい  と言われる

《アンコールワット  遺跡群ガイド》

https://angkorwat.jp/phimeanakas.html#contents

アンコールトムの  遺跡めぐりが  終わったのは  14:00近く

とにかく  よく  歩いた

アンコールトムは  ヒンドュー教と  仏教の  遺跡が  入り混じっている

1回だけの  数時間の  散策では  よく  わからない

身体は  汗が  吹き出している

着衣も  水を  浴びたように  汗で  びっしょり

ピシットさんの  話では  アンコールトムの  遺跡  8か所を  回った  ようだ

上の  遺跡の  記事は  今回の  旅行日程表や  ネットから  引っぱり出して  特徴を  引用させてもらった

確かに  旅行日程表に  ある  8か所だ

しかし  観光客も  多く  

遺跡の  階段や  石碑の  あいだの  道を  

皆に  遅れないように  着いていくだけで  必死だった

鑑賞も  見学も  ほど遠かった  感じだ

ただ  とりあえず  巡った  印象では  

壁や  塔の  あらゆる  ところに  仏像や  ヒンドゥー教の  神々  当時の  人々の  暮らしが  

丁寧に  丁寧に  彫られており  

当時の  信仰心の  深さ  文化の  高さ  

また  人びとの  余裕  ゆとり  安穏の  あった  暮らしぶりを  

垣間見る  ことが  できたのは  確かだ

日本から  4200km  飛行機で  6時間  離れた  この地で  

いまから  1000年も  前に  

これほど  栄えた  文化や  暮らしが  600年も  続いたことに  

感動を  超えて  驚きと  ショックを  受けた

昼食は  シェムリアップ市内の  レストランで  フランス風の  「洋食」

ここも  美味しかった

午後は  いよいよ  アンコールワットの  見学

アンコールワットは  「天空の  楽園」と 呼ばれ  ヒンドュー教の  寺院

12世紀の  アンコール王朝の  栄華を  いまに  伝えている

その  威風堂々たる  景観は  やはり  印象的で  忘れられない

西門前の  参道から  全景を  見ながら  第一回廊  第ニ回廊と  回る

回廊の  壁に  びっしりと  丁寧に  掘られた  壁画群は  見事としか  言いようがない

人々の  暮らしは  もちろん  

古代仏教の  説話や  ヒンドゥー教の  世界観が  

これでもかと  言わんばかりに  壁一面に  彫り込まれている

ガイドの  ピシットさんの  解説も  丁寧で  熱が  こもっていた

また  門や  塔の  石壁や  柱に  掘られた  女性像も  目立った

女性像  だれ一人  同じ  姿  形は  ない

しかし  胸は  共通して  みんな  豊満だ

見学は  けっこう  ゆっくりだった

それは  アンコールワットから  夕陽を  眺めるための  時間を  稼ぐ  ためでも  あったようだ

ワット内の  帰り道  隅っこの  林の  そばを  通るが  

野生の  猿たちが  けっこう  たむろしている

木に  ぶら下がったり  毛づくろいしたり  ゴミを  漁ったり  している

やっぱり  ここは  南アジアだ

18:00くらいに  西門に  戻る

水を  満面に  溜めた  池(水濠)の  ほとりに  腰を  降ろして  

夕陽が  沈みかけるのを  待つ

ガイドには  「夕陽に  染まる  アンコール遺跡群」  とあるが  

ここからでは  遺跡は  後方に  あり  夕陽と  一緒には  見られない

夕陽は  西門の  水濠から  さらに  西に  広がる  林の中に  沈みかけていく

朝と  同じく  雲が  少し  かかっており  クリアな  夕陽では  ない

しかし  空を  朱く  染めて  沈んでいく  夕陽は  やはり  悪くない

帰りは  やはり  池の  浮橋を  渡って  バスの  待つ  場所へ

帰り  けっこう  歩く

途中  途中に  物売りの  子どもたちに  まとわりつかれる

女の子が  圧倒的に  多い

今回の  カンボジア旅行で  初日の  「ワットプノン」から  すべての  観光地で  見かける  光景だ

Tシャツや  織物の布  絵はがき  写真集  地元の  アクセサリー  土産品などを  

たくさん  手に  持って  

「買ってくれ」 「買ってくれ」と  懇願される

カンボジア語(クメール語)は  全く  わからないが

ジェスチャーから  明らかに  そう  言っている  そう  訴えている  ことは  間違いない

彼女たちは  観光客の  移動と  ともに  着いてきて  

観光客が  バスに  乗るまで  離れない

大昔  インドや  インドネシアの  旅行で  

こうした  物売りの  女性や  子どもたちに  囲まれて  困ったことが  あり  

それ以来  できるだけ  無視する  ことに  している

いまの  日本では  決して  あり得ない  光景だ

しかし  未だに  アジアの  観光地では  当たり前の  ように  繰り広げられている

貧しい  人たちは  どんどん  貧しくなっているのか

貧困の  被害は  真っ先に  子どもたちに  行く

遺跡の  印象より  物乞いの  少女たちの  光景が  強く  心に  残る

彼女たちを  無視して  アンコールワットを  あとに  して  バスに  乗り込む

バスは  泊まっている  ソカシェムリアップリゾートホテルの  別棟の  夕食会場へ

今夜は  バイキングを  食べながら  

カンボジアの  宮廷舞踊  「アプサラ」ダンスショーを  楽しむ  趣向だ

「天女の舞」が  有名とのこと

会場は  とても  広かった  ホテルの  プールテラスだ

ショーの  舞台も  プールの  手前に  ある

バイキング料理は  美味しくなかった

暗かったせいか  どんな  材料を  使った  料理か  よく  わからなかった

ほとんど  口を  付けなかった

アプサラダンスショーも  まだ  若い  10代の  若者たちの  演技で

それも  素人っぽい  ぎこちない  決して  上手とは  いえない

期待外れの  「ナイトショー」だった

2時間ほどで  退席して  同じ  敷地内に  ある  ホテルへ 

自分の  部屋に  入り  風呂の  準備を  しながら  トランクと  衣服類の  整理

けっこう  時間が  かかる

明日は  8:00に  集合して

オプションツアーの  「トンレサップ湖クルーズ」に  参加する

そして  夜には  プノンペンに  帰り  

22:40発の  ANAで  日本に  帰る  予定に  なっている

23:00近く  風呂に  入り  身体も  丁寧に  洗う

ホテルの  泊まりは  きょうで  最後

06:00に  目覚ましを  セットして  就眠

23:30過ぎ  ソカシェムリアップリゾート  泊まり

 

・4時起きて  朝日鑑賞  古希過ぎて

・暗闇の  遺跡に続く  石畳み

・夜明け前  人ひとひとが  朝日待つ

・椰子の木が  三塔挟んで  陽が昇る

・逆光に  浮かぶ3つの  シルエット

・朝日射し  アンコールワット  池浮かぶ

・名物の  朝日鑑賞  それなりに

・陸橋の  両脇の像  108体

・南大門  くぐる前に  像にらむ

・インド象  のっしのっしと  客乗せて

・クメールの  壁に彫られた  暮らし跡

・顔だけの  菩薩の像が  四面に

・瞑想を  微笑みという  ガイドには

・登り下り  遺跡巡りも  大変だ

・なぜ変えた  ヒンドューから  仏教へ

・仏教は  ヒンドゥー教の  一派らしい

・大樹は  遺跡を包み  さらに空へ

・精密な  石の彫刻  あちこちに

・アンコール  トムとワットは  寺と街

・遺跡群  あらゆるところに  壁画あり

・あちこちに  上半身裸の  女性像

・胸同じ  顔やすがたは  違っても

・王までも  夜な夜なナーガに  ヒンドュー教

・おおらかな  教えはなぜか  ヒンドュー教

・森に沈む  ワットの夕陽  ゆっくりと

・夜明けから  遺跡を巡って  陽が沈む

・土産売る  少女の顔に  心痛む

・いつまでも  必死にせがむ  どこまでも

・10ドルを  5ドルに値切って  Tシャツ2枚

・写真撮る  金よこせと  しゃがみ込む

・遺跡より  心に残る  物乞い少女

・ナイトショー  食事も舞踊も  いま一つ

・1日で  2万歩以上  歩くとは

・旅の快調  湯船の中で  感謝する

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❷

2019.01.12/土

カンボジア「リバーパレスホテル」  起床

06:00に  朝食  バイキング

荷物の  整理は  昨夜  済んでいる

安心して  食卓に

なぜか  きょうも  洋食系に  した

07:40  時間どおりに  バスで  出発

午前中は  「プノンペン市内観光」に  なっている

きのう  「ワットプノン」に  行っている  

きょうは  「王宮」と  「シルバーパゴダ」

「王宮」は  カンボジア国王の  宮殿  住居地

建物は  黄金色が  目立つ

住居だけでなく  「王様」が  お参りする  寺院や  宝物館なども  ある

これらも  黄金色に  囲まれている

宮殿で  あっても  ほとんど  観光客に  開放されている

けっこう  広い  また  たいへん  きれい  

まだ  朝  早いせいか  訪れる  客は  我々だけ

静かだ  警備の  人も  ほとんど  いない

「王様」の  実際の  住居は  宮殿の  奥まった  ところに  ある

すぐ  前に  旗が  風に  なびいている

旗が  あるということは  

「王様」は  きょう  ここに  滞在している  

ということを  表している

カンボジアの  歴史は  複雑だ

近代に  なってから  共和制や  共産制に  なったりしている

いまは  立憲君主制で  落ち着いているが

過去は  戦乱が  長く  続いた

「シルバーパゴダ」は  床に  5000枚以上の  銀の  タイルが  敷き詰められている  仏教寺院

王宮に  隣接しており  宮殿内で  つながっている

王室の  祖先を  祀るために  建てられた

大部分は  絨毯で  隠れているものの  端の  ほうで  銀板を  見ることが  できる

内部には  正式名称の  由来と  なった  エメラルドの  仏像を  はじめ  

黄金の  宝冠仏  仏陀の聖骨がおさめられている

脱帽して  靴を  脱いで  参拝

中は  涼しい

近くに  かつて  名を  馳せた  「シアヌーク殿下」の  墓も  ある

宮殿  プノンペンを  あとに  して  アンコールワットの  ある  「シェムリアップ」へ  向かう

途中  バスで  3時間  「サンボー・プレイクック遺跡」に

2017年に  新たに  世界遺産に  なった  新名所

カンボジア  3番目の  世界遺産

6世紀  後半から  8世紀に  建造された  遺跡群

アンコールワットより  だいぶ  古い

遺跡は  林の中に  点在している

規模は  小さい

観光客も  ほとんど  いない

枯れ葉を  踏みながら  1つひとつの  遺跡を  徒歩で  回る

身体が  汗で  一杯に  なる

カンボジアは  こうした  遺跡が  あちこちに  点在している  ようだ

レンガや  石で  造られた  建造物だけに  朽ちてはいるが  それなりに  残っている

遺跡は  塔が  中心

八角形の  造りが  特徴

入り口に  獅子の  像が  2対

日本の  神社の  狛犬と  似ている

外壁には  細かな  彫刻も  ある

塔の  天井は  空いている

空が 見える

けっこう  高い

真下には  リンガ(男性器)と  ヨニ(女性器)を  意味する  丸い  石頭と  台座が  ある

ヒンドゥー教の  教義の  1つ

リンガの  上から  水を注いで  ヨニで  受け止めると  「聖水」になる  と言われている

宗教儀式に  よく  使われていた  とのこと

ダフルリンガも  あるというから  面白い

「サンボー・プレイクック遺跡」の  あと  さらに  バスで  3時間  

「アンコール大橋(スピアンプラプトス》」へ

アンコールワットから  地方寺院まで  伸びる  幹線道路   通称「王道」の  一部に  造られた  橋

アンコール時代の  石組みの  大橋

5分ほど  見て  写真だけ  撮って  シェムリアップへ

18:00少し前に  到着

途中  シェムリアップの  入り口で  アンコールワットの  入場券を  ガイドの  ピシットさんが  手配

アンコールワット遺跡群を  見学する  ためには  アンコールパス(Angkor Pass)と  呼ばれる  入場券が必要

入場券の  種類は  1日券  3日券  7日券の  3タイプが  ある

1日券は  37ドル  3日券は  62ドル  7日券は  72ドル

我々は  1日入場券

入場券には  すべて  一人ひとり  顔写真が  必要で  

受付窓口で  顔写真を  撮られる

入場券は  すぐに  出来上がってきた

これが  ないと  アンコールワットや  アンコールトムの  遺跡群は  見学できない

あちこちに  遺跡が  あり  その施設に  入るとき  見せる  必要がある

「無くさないで  欲しい  明日  必ず  持参して  欲しい」と  ピシットさん

 ホテルに  入る前に  夕食

きょうの  料理名は  「タイスキ」

タイ料理の  すき焼き

魚介類や  薄切り肉  野菜などを  湯炊き  

たれを  つけて  食べる  鍋料理

ビール  大瓶1本

汗を  たっぷり かくと  どうしても  ビールが  飲みたくなる

あれほど  今回の  旅行は  一滴も  アルコール類は  飲まないと  決めたのに  きのう  初日から  守られていない

「タイスキ」  なかなか  美味しかった

食欲が  少し  出てきたのか

夕食後  ホテルへ

ホテル名は

「ソカシェムリアップリゾート&コンベンションセンター」

1年半前に  できた  豪華な  ホテル

大きく  3棟に  分かれ  ナイトショウや  国際会議なども  開かれる

きょうも  真ん中の  棟で  カンボジア政府  主催の  国際会議が  開催されている  とのこと

テーマは  わからない

きょうと  明日は  ここに  泊まる

部屋は  3階の  「1222」号室

休む  暇も  なく  20:00からの  オプションツアー「ナイトウォーカー」に  参加

ツアーは  楽だが  時間の  自由は  ない

今回の  ツアー客25名の  うち  16名が  参加

「昼の  遺跡めぐりとは  違う  夜の  にぎわいの  シェムリアップを!」

と  題しての  ナイトツアー

まずは  徒歩で  ホテル近くの  夜店市場へ  

規模は  大したことは  ない

カンボジアでは  常食に  なっている  アヒルの  卵や  カエル  バッタ  サソリ  蛇などの  揚げ物類  ペットボトル入りの  ガソリンなどが  売られている

観光客は  ほとんど  いない

近隣住民の  屋台か

バイクで  買い出しに  来る  人も  いる

次に  バスで  向かったのは  シェムリアップの  繁華街

まずは  「ナイトマーケット」

途中で  バスから  降りて  歩く

長い  列が  続く  人も  いっぱい

こちらは  けっこう  観光客が  多い

品物に  値段の  表示は  ない

お互い  交渉して  値決めする  やり方

だいたい  相手の  最初の  提示額の  半値が  相場らしい

しかし  交渉している  時間は  ない

次に  「パブストリート」街の  見学

「ナイトマーケット」の  すぐ  近く

徒歩で  向かう

バイクや  トゥクトゥク  車が  ひっきりなしに  通る

信号は  ない

集団で  道路を  渡る

ナイトマーケットや  パブストリート

温暖湿潤な  東南アジア諸国の  都会には  こうした  夜の  街が  あちこちに  ある

クーラーなどの  ある  家や  お店は  少ないから

夜は  こうして  外に  出て  時間を  潰すのだろう

パブストリート  

ここは  完全に  観光化され  欧米人の  若者で  賑わっている

女優の  アンジェリーナ・ジョリーが  シェムリアップ滞在中  よく  通っていた  という  

名物バー「レッドピアノ」

その  2階席で  1ドリンク  「ライムジュース」

あとで  わかったことだが  

この  お店の  名物は  アンジーが  いつも  飲んでいた  お気に入りの  カクテル

その名も  「トゥームレイダー」

ーーーー

オレンジの風味が効いたホワイトリキュール(コアントロー)を、ライムジュースとトニックウォーターで割った爽やかな味わい。程よい甘味が、遺跡巡りで疲れた体に沁みわたるようで、暑いシェムリアップの夜にオススメのカクテルです。

ーーーー

と  ネットに  あった

ガイドの  ピシットさんは  アンジーが  オーナーの  店と  言っていたが  どうも  そうではなさそう

場所は  パブストリートの  四つ角に  あり  

入り口は  右も  左も  オープン

2階も  同じく  窓は  なく  風が  よく通る

開放的な  店だ

パブストリートは  真夜中まで  若者たちが  たむろする  とのこと

帰り  歩いていても  どの  お店も  ビートの  効いた  音楽が  かかり  

外国人  それも  白人系の  若者で  いっぱい  服装も  ラフ

1時間ほどの   見学で  パブストリートを  あとに する

バスの  待っている  場所まで  けっこう  歩く

ところが  着いてみると  バスは  エンジンは  かかっているのに  動かない

クラッチギアの  調子が  おかしいようだ

運転手の  ペットさんが  運転席の  下を  開けて  必死に  修理しようと  している

ガイドの  ピシットさんや  添乗員の  Sさんは  代わりの  車の  手配など  いろいろ  慌てている

我々は  様子を見るしかない

どうなるか  流れに  任せるしかない

しかし  きょうも  たくさん  歩いたせいか  

腰を  かけたいが  なかなか  見つからない

相好しているうちに  運転手の  ピットさんが  自力で  修理して  動くように  なった

ピットさんの  腰を  裸にして  頑張っている  姿は  責任感の  強さを  感じる

我々が  来てから  修理に  15〜20分ほど  かかったようだが  

バスは  何もなかったように  ソカシェムリアップリゾートに  着いた

22:00ごろに  なっていた

部屋に  戻り  明日の  衣服を  決めて  荷物を整理する

風呂の  お湯は  きのうとは  打って変わって  勢いよく  出てくれた

明日の  予定は  たいへん

今回の  旅行の  中心テーマ   アンコールワットの  遺跡めぐりだ

まずは  早朝の  アンコールワットの  朝陽に  浮かぶ  景色を  鑑賞するため  

05:30に  ホテルを  出ることに  なっている

そのあと  ホテルに  いったん  戻り  

朝食の あと  08:10に  アンコールトム  アンコールワットの  遺跡見学に  行くことに  なっている

荷物整理の  あと  入浴

きょうも  よく歩いた  

万歩計は  10,304歩

広い  バスタブに  シャワー室も  別に  あり  広い

石鹸で  身体を  よく  洗い  ゆっくり  お湯に  浸かる

入浴後  目覚ましを  04:00にして  睡眠

 

・朝早い  時間も厳守  ツアーの旅

・王宮は  どこも同じ  黄金色

・宮殿は  意外に質素  暮らしぶり

・アンコールワットの  予行演習か  サンボー・プレイクック遺跡

・遺跡には  ヒンドゥー教の  リンガとヨニ

・エロスより  聖なるものか  男女の交わり

・いまは蜜林  乾いた池に  暮らしの跡

・アンコール橋  石のアーチが  今も支える

・蛇  カエル  夜店に並ぶ  サソリまで

・道路にも  人ひと車  トゥクトゥクも

・最後には  半値になる  ナイトマーケット

・どこも似ている  アジアの夜の  繁華街

・白人の  男女ばかり  パブストリート

・遺跡の村  いまは国際都市  シェムリアップ

・もう一度  「トゥームレイダー」  観てみよう

・欧米の  若者の街  夜のアジアは

・終わりは  いつも手合わせ  ソーム・オークン(どうもありがとう)

 

ソカシェムリアップリゾート  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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カンボジア・アンコールワットの旅❶

2019.01.11/金

いま06:45  これから  神楽坂を  出発

いま  一緒に  行く  S兄弟の  迎えの  車を  待っている  ところ

06:56  S兄から  LINEあり

ーーーー

高速おりました。いつもの交差点にお願いいたします。

ーーーー

07:00  神楽坂上  交差点で  待つ

やはり  寒い  寒い

風も  少し  ある

3分ほどして  車  来る

07:05  神楽坂上  出発

08:15  成田空港近くの  民間駐車場に  着く

朝  早いのに  若者や  家族連れ  けっこう  人がいる

外は  やはり  寒い  寒い

車を  預けて  民間駐車場の  小型バスに  乗り換え  空港へ

15分ほどで  ターミナル1に  着く

4階の  旅行会社が  集まっている  K番コーナーへ

読売旅行社の  受付で  中年の  女性が  待機

先日  電話を  いただいた  添乗員の  Sさんだった

その  Sさんから  パスポート等  旅行関係の  書類を  渡される

Sさんは  40歳後半の  感じ

もっと  歳は  いっているかも  しれない

女性の  年齢は  よく  わからない

添乗員歴は  長そうだ

若い  添乗員より  安心できそうだ

次に  ANAの  チェックカウンター  B番コーナーへ

その前に  外貨両替窓口で  10,000円を  米ドルに  交換

カンボジアは  米ドルで  OKとのこと

10,000円だけの  両替で  大丈夫か

オプショナルツアーなどは  日本円で  OK

また  旅行社の  案内する  土産物店は  日本円も  使えるとのこと

両替は  できるだけ  細かい  小さい  お金に  してもらう

ANAの  チェックカウンター  だれも  並んでいない

ビジネスクラスの  せいか

荷物預け  搭乗券発行  すぐに  終わる

荷物検査  搭乗チェックイン  こちらも  簡単に  終わる

民間駐車場に  着いて  およそ  1時間ほどか

09:30前には  ANAの  ラウンジへ  入る

焼きそば  サラダ  小さい  いなり寿司  海苔巻きおにぎり  1個ずつ

飲み物は  オレンジジュース

朝食は  取らずに  空港へ  来たが  食欲は  あまり  ない

体調は  あまり  良くない

今回の  旅行は  アルコールは  いっさい  飲まないように  する

いまの  体調では  飲みたい  気分に  全く  ならない

体調管理を  いちばんに  しよう

搭乗機の  NH817便  

予定の  10:40より  20分ほど  遅れて  離陸

ビジネス席  思ったより  個室っぽくは  ない

しかし  良かったことは  隣席が  空いていた  ことだ

手荷物を  フルに  おける

また  何よりも  隣に  気を  遣わなくて  いい

ありがたい

機内の  ランチは  洋食に  した

少し  残したが  いまの  私としては  よく  食べたほうだ

しばらくして  日本時間の  16:00ごろには  機内が  すっかり 暗くなった

窓からの  景色も  青っぽく  暗い

座席を  フラットに  して  身体を  横に  する

たいへん  楽だ

先ほど  暗くなったと  思っていたが  違った

機内に  光が  あまり  入らないように  窓の  明るさを  いろいろ  変更できるようだ

この  飛行機は  窓の  下に  5段階  明るさを  調整できる  ボタンが  付いている

無意識に  ボタンを  押して  暗くして  しまったのか

室内も  消灯してある

そのため  すっかり  夜に  なったと  思い込んでいた

ボタンを  調整すると  まだまだ  外は  明るい  昼間の  光景だ

窓から  雲や  海が  見える

旅行案内書に  よると  成田から  プノンペンまで  6時間50分の  旅

時差は  マイナス2時間  とのこと

到着予定時刻は  現地時間で  15:40

明るくないと  やはり  おかしい

体調は  ひどくは  ないが  良くなったり  悪くなったり  本調子ではない

15:20くらいから  着陸体制に  入る

窓から  見る  プノンペンの  街  

けっこう  大きい

途中  いくつか  蛇行した  大小の  川が  見える

街に  近づくと  きゅうに  大きな川が  開け 

3つの  大河が  合流している

ネットで  見ると  プノンペンは

ーーーー

メコン川の上下流・トンレサップ川バサック川の「四つの川」の合流点に位置する

ーーーー

とある

きれいに  整理された  街並みや  ビル群が   近づいてくる

建物も カラフル  赤い  屋根が  目立つ

現地時間  15:50   無事に  空港に  着陸

しかし 飛行機は  滑走路に  止まったまま  途中で  だいぶ  待たされる

15分ほどして プノンペン空港の  いちばん  左端の  ゲートに  進み  やっと  席を  立つことが  できた

入国審査の  あと  空港の  外へ  

出た途端  何度も  経験した  ことの  ある  南国特有の  ムッとしたような 湿っぽい  暑さに  包まれる

冬服の  ままの  せいも  あり  一気に  汗が  出てくる

16:55   大型バスに  乗り込み  いよいよ  カンボジア旅行が  始まる

ガイドは  「ピシットさん」と  言った

正式には  Mr.SENG PORPISHITH(ポーピシット)

男性  身体は  小さい

しかし  声は  よく  通る  日本語も  堪能  

現地ガイドとしては  レベルは  高い

運転手さんは  「ペットさん」とのこと

まだ  若い

予定では  ホテルに  直行することに  なっていたが  

ホテルに  行く前に  プノンペンの  「ワットプノン」を  案内される

プノンペンの  名前の  もとに  なった  という  寺院

「プノンペン」は  「ペン夫人の丘」という  意味らしい

信心深い  女性で  川に  流れ着いた  仏像を  近くの  丘に  手厚く  祀ったという

その  丘の  名前が  「ワットプノン」

帽子  靴を  脱いで  石の  階段を  登って  参詣

街の  中に  ある  寺院らしく  地元の  人が  けっこう  お参りしている

終わったころは  辺りは  すっかり  暗くなっていた

ホテルは  すぐ  近くらしいが  渋滞の  ため  バスは  なかなか  進まない

ピシットさんは  それでも  いつもより  早く  ホテルに  到着できた  と言う

アジアの  街中は  ほとんど  みんな  そうだが  プノンペンの  街も  渋滞は  日常茶飯事の  ようだ

ホテル名は  「リバーパレスホテル」

プノンペンの  街を  流れる  「トンレサップ川」沿いに  ある

先ほど  飛行機の  窓から  見た  大河の  1つだ

旅行最終日に  訪れる  水上生活村の  ある  「トンレサップ湖」に  続いている

リバーパレスホテルは  古い  ホテルらしいが  思ったより  立派  室内も  広い 

20分後に  食事とのこと

部屋に  荷物を  置いたあと  簡単に  着替えて  2階の  レストランへ

現地時間で  19:00を  過ぎていた

夕食は  ホテルの  レストランで  「クメール料理」 

ほとんどが  一皿に  盛られている

量が  少なめで  助かる

医者からは  アルコールは  止められていたが

暑いせいか  ビール小瓶を  1本  注文

旅行の  参加者は  25名  圧倒的に  中年過ぎの  女性が  多い

男性は  我々3人に  夫婦同伴の  3人  単身参加  1人の  7人

今回の  読売旅行社から  送られてきた  ガイドブックの  タイトルは 

「快適な翼ANAビジネスクラス利用! 世界遺産アンコールワットスペシャル5日間」

しかし  ビジネスクラス利用は  7人だけ  とのこと

あと  18人は  エコノミーの  参加

飛行機の  クラスの  違いだけで  旅行コース  ホテル  バス  食事などは  みんな  一緒

レストランの  いちばん  窓側の  席に  座る

窓から  川が  見える

トンレサップ川  やはり  けっこう  大きい

この川は  メコン川と  合流するが

毎年  雨季には  メコン川の  水位が  上昇して  トンレサップ川の  水は  逆流するという

河水の  流れが  逆になる?

以前  テレビで  見たことが  あるが

あれは  確か  アマゾン川の  話だった

水は  トンレサップ川を  遡り  トンレサップ湖に  注ぐと  言われる

さらに  アンコールワットの  ある  シェムリアップに  繋がっている  とのこと

川に  沿って  文明が  生まれ  文化が  伝わっていく

カンボジアも  まさに  そうした  国だ

クメール料理  美味しかった

ホテルで  食事の  あとは  部屋へ  直行

この  ホテルは  きょう  1泊のみ

ピシットさんは  風呂の  お湯が  きちんと  出ないかも  しれないと  話していたが

出量は  少ないが  眠くなる  ころには  なんとか  入浴できる  湯量に  なった

トランク  手荷物の  整理

やっと  夏服に  切り替える

明日の朝は  07:40  スタート

05:30に  目覚まし

日本からの  時差は  2時間

22:00前には  ベッドに  入る

キングサイズ

いままでの  経験では  外国旅行の  ホテルは  すべて  ベッドが  大きい

しかも  高さが  ある

シングルなのに  部屋は  広い

広さは  大事だ  助かる

体調は  まあまあか

バスタブに  浸かり  きょうの  1日を  振り返る

 

・いつもより  2時間  長い  1月11日

・カンボジア  カの字も知らない  国に来た

・6時間  冬から夏へと  ANAの旅

・空港は  出迎えの人の  目が違う

・出た途端  アジアの熱気に  襲われる

・大型の  バスに揺られて  街中へ

・街なかは   人もバイクも  溢れてる

・夕暮れて  寺院の灯り  ホッとする

・参拝者  後を絶たない  ワットプノン

・黙々と  人の暮らし  支える大河

・西洋が  少し混じった  クメール料理

・アジアにて  お湯出るホテル  ありがたい

・悪いなり  何とかなりそう  体調は

 

きょうは  カンボジア「リバーパレスホテル」 泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 23:00
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風媒社・稲垣喜代志氏を偲ぶトークイベント

2018.11.04/日

「反骨の編集者  稲垣喜代志の  眼差し『出版人・稲垣喜代志の"志"』」の  トークイベントに  行ってきた。

 

小雨の  降る  日曜日  車で  向かった

開演は  午後1時30分から

5分前に  到着  

会場の  「文化のみち二葉館」の  駐車場には  数台の  車しか  ない

雨も  降っている

イベント参加者は  少ないのでは  ないか

そんな  予想は  見事に  外れた

車を  置き  傘を  差して  玄関に  行くと  けっこう  人がいる

入り口や  靴置き場は  狭い

会場の  1階大広間は  すぐ左に  あり  広間は  もちろん  受付まで  人で  いっぱい

立っている人も  10人以上

会場の  奥から  司会者らしい  声が  聞こえ  イベントは  始まった

広間には  入れない

もっと  早く  来るべきだったと  後悔していると  若い  女性が  2階からの  階段なら  大丈夫ですと  案内して  くれた

2階に  エレベーターで  上がり  出てみると  数人が  立って  1階の  大広間を  見ている

1階に  降りる  階段にも  何人か  腰掛けていた

私も  分け入って  運良く  階段途中に  座ることが  できた

特等席だった

会場全体を  座って  見下ろせる

また  パネラーの  人も  良く見える

すでに  「トーク」は  始まっていた

まず  驚いたことは  「老人」が  多かったことだ

参加者の  ほとんどの人が  高齢者

女性も  けっこういる

皆さんは  なんらかの  意味で  稲垣喜代志さんと  つながりのある  人だ

そう思うと  84歳まで  現役に  近い  かたちで  活動していた  ことを  考えたら  また  彼の  シンパサイザーを  想像したら  当たり前かも  知れない

パネラーは  4人

風媒社の  元社員の人  二人

名古屋の作家・山下智恵子さん

風媒社・編集長の劉永昇さん

劉さんの  緻密さを  感じさせないほど  話の  流れに  沿った  温かみの  ある  司会進行で  私も  会場も  トークイベントを  楽しむことが  できた

元社員の人も  高齢ではあるが  二人とも  それなりに  地元で  活躍されている  方で  話も  うまい

稲垣喜代志さんの  人柄や  生きざま  活動内容を  辛口批評や  欠点  冗談を  含めて  語っていった

やはり  本音トークは  面白い

山下さんは  稲垣氏との  出会いや  交流を  いくつかの  エピソードを  披露した

花がらの  帽子を  かぶるなど  おしゃれで  上品な  女流作家だ

1939年生まれ  とのことだから  もう  80歳に  近い

背中は  少し  曲がっていたが  声は  伸びやか

話も  うまい

作家らしく  具体的な  場所や  人が  話の中に  ふんだんに  登場する

また  私に  とっては  懐かしい  人名や  言葉が  次から次と  パネラーの  口から  飛び出した

トロツキー  ゲバラ  太田竜  谷川雁  杉浦明平  鎌田慧  井上光晴  吉田公彦  竹内好  中野重治  木下順二  小谷剛  鶴見俊輔

反帝反スタ  ベ平連  ノンセクトラジカル  思想の科学  マルクス主義者  NRの会など  ちょっとした  別世界に  入った感じで  不思議な  時間だった

狭い  会場で  聴講者は  いっぱい

窮屈感は  あったが  笑いも  多く出て  あっと言う間の  1時間半であった

「稲垣喜代志」について  先日  「稲垣喜代志展」を  見学したとき  ブログに  少し  書いたが  もう  少し  トークイベントの  話の  内容を  交えながら  触れてみる

彼は  1963年  地元・名古屋を  基盤に  「風媒社」を  立ち上げ  地域に  密着した  出版活動を  開始した

ゲバラや  公害・原発が  世に知られる前に  これらを  テーマに  時代を先取りした  本を  発刊する

これは  これから  問題になるぞ  世間から  注目されるぞ  と  話したと  言う

まだ  当時は  無名だった  人物や  テーマを  取り上げ  本にしてきた

しかし  本は  売れない

「早すぎる  編集者・出版人」だったと  パネラーは  語る

経営的には  常に  苦しい  会社だった  ようだ

社員を  全員  首に  したり  何度も  何度も  ゼロから  出発  出直したそうだ

「良き  編集者は  良き  経営者に  あらず」

「経営は  傷だらけ  いつも  つまずいていた」

しかし  何とか  やって来れたのは  「人に恵まれた」から

「銀行からは  見放されたが、人からは  見放されなかった」と  元社員の  パネラーは  語る

「ならず者の  編集者だった」とも  評した

人がらに  ついて  パネラーの  言葉を  拾ってみる

批判の鋭い人  怖い人  口の  悪い人

繊細  優しい  心遣い  細やかさが  ある

人の  身の  振り方を  いつも  心配していた

女性には  とくに  優しい

一人っ子  寂しがり屋  よくしゃべる

おおらか  自由人

と言った  言葉が 出ていた

在庫を  捨てない  人だったと  言う

刈谷の  実家には  倉庫に  10万冊の  本が  あった

生活は  質素  しかし  実家は  裕福で  広い  土地が  あった

いつも  遅刻する  日を  間違えたりする人

唐九郎という  怪人物に  のめり込む

本作り だけでなく  美術や  焼きもの  骨董にも  興味を  持つ

骨董は  買って  みないと  わからないと  よく  言っていた

チャーミングな人

チャレンジャーだったなあ

私は  彼の  多彩な  生きざまを  二葉館の  満席の  1階会場の  階段席で  感動に  近い  思いで  聞いていた

パネラー4人の  根底に  愛情あふれる  思いを  感じながら……。

 

私に  とっては  稲垣喜代志氏は  金沢の  学生時代から  いつも  気になっていた  人だった。

地元・名古屋に  こんな出版社が  あるんだ

「風媒社」 カッコいい  名前だなあ

当時の  我々の  愛読誌  週刊「朝日ジャーナル」(朝日新聞社)には  表2の上段に  いつも  風媒社の  出版広告が  掲載されていた

その代表者が  稲垣喜代志氏  であった

その頃から  卒業したら  できたら  風媒社に  就職したいなと  思い続けていた

きょうの  話を  聞いたかぎりでは  社員は  とても  大変だったようだ

愛情は  あっただろうが  口は  厳しく  経営は  火の車

いつ  首になるか  わからない

残念と言うべきか  良かったというべきか  風媒社への  就職活動は  しないまま  今日まで来た

エディットを  作ってから  一、二度、知り合いの  出版の  お願いに  上がったり  彼の  講師時代の  学生の  就職を  頼まれたりしたが  それ以外の  縁は  なかった

しかし  地元・名古屋で  良心的な  出版活動を  55年も  続けている

尊敬に  値する出版人であるだけは  確かだ

 

イベントが  終わったあと  二葉館の  奥座敷で  販売していた  きょう  発売だという  「稲垣喜代志・遺稿集『その時より、野とともにあり』」を  2冊  購入

帰ろうと  座敷から  出たら  ばったり  Yさんに  会った

彼女も  たぶん  会場に  来ているんじゃないかなと  思っていたが  やはり  参加していたのだ

彼女は  名古屋で  一人出版社「ゆいぽおと」を  経営しながら  文化センターで  文章の  講師を  したり  地元文化雑誌に  記事を  書いたり  イベントの  仕掛けを  したりしている

彼女も  地元で  多彩な  活動を  している  元気いっぱいの  人だ

彼女の  T出版社時代  『その時 歴史が動いた』シリーズで  エディットが  たいへん  お世話に  なった

きょうの  風媒社の  稲垣喜代志さんとも  とても  親しい  関係だった

彼女に  劉永昇さんとの  名刺交換を  お願いしたら  さっそく  動いてくれた

劉さんは  私と  会ったことが  あると  言っていた

申し訳ない  

私には  記憶が  ないけれど  むかし  風媒社に  おじゃましたことが  あり  そのとき  お目にかかったかも  しれない

二言  三言  言葉を  交わし  Yさんにも  お礼を  言って  二葉館を  あとに  した

 

玄関を  出るとき  きょうの  パネラーの  山下智恵子さんを  見かけた

名古屋から  井上光晴の  「文学伝習所」に  通い  小説の  勉強を  するだけでなく  光晴にも  恋を  してしまったと  きょうの  トークで  語った  名古屋の  女流作家

やはり  80歳近くに  なっても  オーラが  あり  輝いている

人生を  一つの  ことに  夢中で  命を  かけて  生きてきた  人には  ほかの  人を  惹きつける  大きな  力が  ある

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 20:00
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南知多の旅

2018.10.29/月

南知多「内藤屋」  起床

きょうも  快晴

みんな  早起き

6:00には  着替えている

割早く  寝た  はずの  私が  いちばん  遅い

部屋の外では  

階段上がり場の  テーブルを  囲んで  

みんなの  おしゃべりが  聞こえる

もう少し  横に  なっていたかったが  

私も  起きた

運良く  朝風呂に  入れた

本当は  朝の  1階の  風呂は  女性専用との  ことだったが  

昨夜  泊まった  同級生の  女性2人は  

風呂も  上がったところ

屋上の  露天風呂は  

温度が  低すぎて  入れない  という 情報を  聞き  

TSくんと  内風呂に  行くことに  した

入り口の  「女湯」とある  看板を  裏表  逆にして

「男湯」に  変えて  風呂場に  入った

旅館に  したら  あまりにも  狭い  風呂だが  

2人なら  ゆったり  入れる

忠之くんは  早めに  出たが  

私が  ゆっくり  身体を  洗っていたら  

旅館の  女将さんだろうか  風呂場の  ドアを  開けて  

「朝は  女性用ですよ」と  叱られた

「それなら  屋上の  風呂を  きちんと  入れるように  

しておいて  欲しい」と  言いたかったが  止めた

朝食は  07:30から  宴会と  同じ  部屋

食事は  昨夜と  同じく  美味しい

ご飯を  お代わり

あいかわらず  おしゃべりが  絶えない

08:30  旅館の  玄関前で  全体写真

Tくんは  早々と  別れて  いない

きょうは  月曜日  

名古屋の  自分の  会社に  向かったんだろう

私も  同じ  立場だけれど  きょうは  休みを  取った

写真撮りが  終わって  すぐに  出発

みんなは  旅館の  送迎バスで

私は  自分の  車で

向かった  ところは  「岩屋寺」

尾張高野山宗の  総本山で  山号は大慈山  別名「岩屋観音」

知多四国八十八箇所霊場  第43番札所

岩屋寺は  初めて  耳にする  寺だが  

けっこう  広くて  立派  

奥之院まで  あるようだ

40分ほど  ぶらつく

もう少し   ゆっくり  見学したい  ところだが  

次の  予定に  なっている  魚市場の  「魚太郎」へ

ここも  南知多では  有名な  ところらしい

みんな  たくさん  鮮魚や  干し魚を  買う

名前は  忘れたが  「魚太郎」に  一緒に 入った  同級生

「家族に  頼まれた」と  言って   

入り口で  すぐに  決まった  魚を  土産に  買っていた

この  同級生は  家族に  

事前に  魚市場「 魚太郎」に  行くことまで

話して  きたのだろう

みんな  思い思いに  買い漁っている

いつの間にか  ほかの  客も  来て  

まだ  10時前  なのに  

「魚太郎」は  けっこう  人で  いっぱいに  なった

きょうは  月曜日だと  いうのに  

また  そんなに  安い  店でも  ないのに  

どうして  こんなに  人が  多いんだろう

それも  けっこう  私たちの  ような  高齢者が  多い

平日に  旅行や  買い物を  楽しめる  人が  増えたのだろう

「魚太郎」の  駐車場で  同級生と  別れる

みんなは  これから  送迎バスで  地元の  寺津に  帰る

何年か前にも  

この  南知多で  同級会(西崎会)を  したことがある

そのときも  同じような  流れだった

久しぶりの  同級会  

楽しいやら  懐かしいやらで  

あっというまに  終わった

せっかく  南知多に  来た

このまま  名古屋に  帰るのも  もったいない

ということで  ネットで  調べて  

とりあえず  近くの  観光地  「聖埼公園」に  

行って  みることに  した

「展望の  すぐれた  景勝の地で  

弘法大師が上陸した  ところ  

観音像  展望台  遊歩道がある」

と  ネットの  記事に  あった

しかし  いちばんの  見どころは  

海の  岩の  上に  立てられた  弘法大師  空海の  

石造りの  上陸立像だろう

ネット記事に

ーーーー

この上陸像は、1984年に

弘法大師空海1150年御遠忌を迎え建立されたもので、

その高さは13尺(約4メートルほど)。

この上陸像は年に1回

大潮のときには二子島まで歩いて渡ることができ、

その際に掃除などがされるとのこと。

ーーーー

とある

たしかに  まだまだ  新しい  像で  

歴史は  感じさせないが   

海の  上に  浮かぶように  作られた  上陸立像は  

ちょっとした  感動が  ある

公園は  広くは  ないが  

高低差も  あり  軽い  運動に  なる

2時間近く  写真撮影と  散策を  楽しんだ

帰り  公園の  横に  ある  大井漁港の  風景も  

絵になり  良かった

次に  どこへ  行こうか  

「アトリエぜんきゅう」に  行きたかったが  

調べてみると  月曜日休み

諦めて  

公園下に  あった  案内図を  見たら  

この近くに  知多四国八十八箇所巡りの  寺が  

30番から  34番まで  けっこう  固まって  ある

しかし  駐車場の  案内が  ない

とにかく  行ってみる  ことにした

5分ほどで  着いた

探せば  あるだろうが  

やはり  車を  止めるところが  見つからない

お寺の  規模も  小さい

岩屋寺に  比べて 雲泥の差

けっきょく  素通りだけして  

帰り道  「杉本美術館」に  寄ることに  した

水曜日休みで  きょうは  開館しているようだ

「没後15年  杉本健吉」展を  開催していた

杉本美術館は  数回  来たことがある

中身より  建物が  気に入っている

国道247号線を  通って  14時半ごろに  到着

抹茶付き入場料  1,000円を  払って  館内へ

見学人は  ほとんどいない

「杉本健吉」展だけあって  自画像や  経歴紹介が  中心

絵や  作品より  描き手や  本人など  

どちらかというと  「人」に  興味のある  私に  とっては  

ありがたい  展示テーマだ

名古屋出身の  画家としては  個人名の  美術館が  あり 

有名な  画家

自分自身を  絵の中に  風景として  入れ込む  手法は  

ユーモアが  あり  彼の  人格を  感じさせてくれる

まさに  絵を  楽しんで  描いている  羨ましい  画家だ

帰り  欲張って  「新美南吉記念館」へ  寄ろうと  

調べてみると  ここも  月曜日休館と  なっていた

それなら  ここで  ゆっくり  時間を  潰そうと

抹茶も  楽しみながら  

最後の  部屋の  見学を  メモを  取りながら  過ごした

杉本健吉は  けっこう  文字を  絵の中に  取り込んだり

文字そのものを  「絵」に  したり  している

どんな  文字や  言葉を  取り上げているか  

メモしてみることにした

ーーーー

丹精不知老/丹青夢中不知老将至/丹青丹精/感激は受胎/

八十五の手習い/右は世馴れ手  左は初手/千歳寿/左右/

左右同行/巳歳の男/百まで/充電/心次第/気/楽/

窮すれば通ず/窮亦楽  通亦楽/塞翁が馬/迦陵頻伽(かりょうひんが)/

常識から幻想は生まれ難し/紙地獄/十人十色/長寿現役/

ぶっつけ本番/閑中吾見山  忙中山見我/今日(こんにち)は本日限り/

以和為貴/散華

ーーーー

など

何の  脈略も  ない  文字や  言葉が  並ぶ

とりあえず  心に  引っかかったり  

そのとき  気に入った  文字や  言葉を  絵に  したのだろう

美術館には  2時間近く  いた

また  館外へ  出てからも  

建物や  建物の  天井の  飾り  

庭の  モニュメント  草花などを  写真に  撮る

館内も  館外も  見学者が  ほとんど  いなく  

16時半には  館の  関係者の  男の  人が  駐車を  閉め始めた

追い出されるように  美術館を  跡にした

247号線の  一度ども  通っていない  

伊勢湾側の  普通道路で  帰るか  

知多自動車道に  するか  迷ったが  

きょうは  高速で  帰ることにした

途中  大府  サービスエリアに  寄り  

パンの  レストランで  夕食

カレーパンや  ベーコン入りパン  

野菜を  上に  散りばめた  パンと  

瓶入り牛乳  紙箱の  マンゴージュース

名古屋  フリーベルの  駐車場に  着いたのは  

18時を  回っていた

キャリアケースと  「魚太郎」で  買った  

イカの  塩辛  海苔  せんべいの  土産類を  持って  

サンパークへ  直行

簡単な  片付けの  あと  

きょうの  写真を  整理しようと  思ったが  

先に  データが  一杯に  なっている  

PCの  データ移動に  取り掛かることにした

これは  時間が  かかる

作業の  手配を  しながら  

先週  また  きのう  見ることが  できなかった  

テレビの  ビデオ

「ダーウィンが来た!」「黄昏流星群」「西郷どん」を 

見る

さすが  少し  疲れたようだ

眠くなり  早めに  就眠

サンパーク  泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 22:00
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同級会(西崎会)

2018.10.28/日

春日井自宅  起床

快晴

奈々子  早起き

独り言も  少ない

先日の 「稲垣喜代志展」行きを

いろいろ  文章を  加えて  jugemの  ブログに  アップする

昼近くに  なる

昼食兼用の  朝食は  

トースト2枚  玉子巻き  牛乳  ジュース  バナナ

13時ごろ  名古屋へ

サンパーク  直行

荷物を  下ろしたあと  車の  掃除

掃除と  言っても  外装の  水拭きだけ

車を  フリーベルの  駐車場に  入れ  

サンパークに  戻って  同窓会行きの  したく

昼風呂に  入り  15:00過ぎ  南知多へ  向かう

中学時代の  1泊の  同級会  南知多で  開催

名古屋高速「丸ノ内」から  知多半島道路を  通って  

「古布」で  降りれば  

きょうの  同級会会場の  漁師旅籠「内藤屋」へ

途中休憩なしだと  1時間ほどで  行けてしまう

阿久比サービスエリアで  20分ほど  休憩

阿久比SAは  なかなか  おしゃれ

あとで  わかったけれど  

最近  リニューアルオープンした  ようだ

「内藤屋」は  小さな  旅館  民宿のようだ

内藤屋の  玄関前に  駐車して  すぐ前の  海岸へ

きょうは  快晴ということも  あって  見事な  夕陽

十分に  楽しめた

ここは  場所は良い

海岸を  写真撮影しながら  散歩していると  

Tくんが  やってきた

きょうの  同窓生の  ひとり

海岸で  夕陽を  見ながら  しばらく  おしゃべり

彼は  昼から  地元の  一宮を  出て  

寺津の  親戚  西尾の  岩瀬文庫に  寄り  

ここ  南知多に  来た  という

元気が  ある

夕陽が  沈んだあと  旅館に  戻ったら  

すでに  みんな  来ていた

私と  Tくんは  名古屋方面から

しかし  西崎会の  メンバーは  

「内藤屋」の  送迎バスで  寺津から

私は  206号室

TSくん  SUくん  Tくんと  同室

屋上の  露天風呂に  行くが  

2つある  風呂の  一つの  温度は  30度以下  入れない

もう一つは  狭い  木製の  丸い  風呂

温度は  40度  くらいだろう

2人で  ちょうど  良い  広さだが  4人で  入る

おしゃべりが  止まらない

18:00  宴会  始まる

幹事の  SUくん  会長の  YHさん  挨拶

料理は  美味しかった

ほとんど  食べた

やはり  盛り上がった  会に  なった

おしゃべりは  絶えない

カラオケも  みんな  自分の  十八番を  唄う

デュエットも  目立つ

小学校  中学校  9年間の  同級生たちだ

きょうは  巨海町  仮宿町を  中心とした  

「西崎会」の  メンバー

会費制で  毎年1回  1泊2日の  旅行を  楽しんでいる

そこに  Tくんと  私が  合流させてもらった  形だ

総勢  24名  女性の  参加は  7人

同じ  学校で  9年間  過ごしたけれど  

卒業して  60年近くが  経っている

そのあとの  人生は  みんな  千差万別  十人十色

懐かしく  ない  わけは  ない

二次会も  盛り上がる  声も  大きくなる

私は  お腹も  一杯  お酒も  回っている

できるだけ  聞き役に  回る

みんな  自分の  人生や  いま  関心の  あることを  

話したくて  仕方がない

一次会は  20時過ぎに  終わったが  

二次会は  あっという間に  24時近くに  なる

まだ  お風呂は  OK  とのことで  

私は  一人抜けて  1階の  内風呂へ

なぜか  一人  貸し切りだった

一次会の  お酒は  入っているが   

3時間以上  過ぎており  

また  お腹一杯  食べたので  酔いは  大丈夫  

風呂の  温度も  ちょうど  良い

部屋に  戻ったら  SUくんが  寝ていた

二次会は  続いているようだが  

私も  そのまま  床に  入って  寝てしまった

南知多「内藤屋」  泊まり

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 22:00
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稲垣喜代志展

2018.10.21/日

サンパーク  起床

目覚めは  遅く  09:00  過ぎる

メールチェックや  洗濯   観葉植物の  水やり  

朝風呂などで  昼に なる

きょうは  

稲垣喜代志展と 「動物ぜつめつ図鑑」の  

トークイベントに  行く  予定を 立てた

明日の  健康診断が  08:00から

いつもの  春日井行きは  取り止めたため  

時間が  できた

稲垣喜代志展「反骨の編集者  稲垣喜代志の  眼差し」は 

「文化のみち二葉館」で  開催

二葉館の  行き方を  ネットで  調べてみると  

地下鉄では  少し  不便  

桜通線の  「高岳駅」から  徒歩10分  かかる

なごや観光ルートバス「メーグル」だと  目の前で  止まるようだ

12時過ぎ  サンパークを  出て  名古屋駅バスセンターへ

「メーグル」は  11番乗り場から  出ていた

着いたら  すぐに  バスが  来た

すでに  たくさんの  人が  列を  作って  並んでいる

名古屋は  大した  観光地ではないのに  

この  人の  多さは  どうしたことか

それも  けっこう  高齢者が  多い

それは  しばらくして  わかった

210円を  支払い  バスに  乗り込んだら  

幸い  最前列の  左の  席に  座ることができた

しかし  あとから  あとから  人が  乗ってくる

いつの間にか  バスは  超満員になる

地元に  居ながら  名古屋観光は  あまりしたことがない

バスは  

「トヨタ産業技術記念館」→「ノリタケの森」→「四間道」

→「名古屋城」→「徳川園・徳川美術館・蓬左文庫」

と  名古屋の  おもな  観光施設を  経由して  

「文化のみち二葉館」へ

どのバス停も  人が  けっこう  乗り降りする

名古屋城あたりで  わかったことだが  

きょう10/21は  「名古屋まつり」の日  だった

市役所近くの  道路には  戦国時代の  衣装を  纏って  

これから  行列に  参加する人や  見物人で  賑わっていた

それで  観光バスも  人で  一杯なのか

きょうは  市の  ほとんどの  文化施設が  無料に  なるはずだ

一瞬  予定を  変えて  「まつり行列」の  見物に  行こうと  思ったが  

時間も  遅く  カメラなどの  準備も  していないので  諦めた

二葉館に  着くまでには  けっこう  時間が  かかった

入館料は  やはり  本日は  無料

館内も  けっこう 人が  多い

「稲垣喜代志展」は  2階の  2室で  開催されていた

最初の  1室に  入った

思っていたより  狭い  横長の  部屋で  10畳ほどか

二葉館は  展示用に  作られた  施設ではない

大正時代  「日本最初の  女優」と  言われた  

川上貞奴が  住んでいた  屋敷を  移築した  もので  

和洋折衷の  住居  しかし  豪華  

かつては  「二葉御殿」と  言われた

部屋には  稲垣喜代志の  詳しい  プロフィールや  遺品  

手書きの  原稿用紙   

親しかった  人たちの  回顧の  言葉が  飾らせていた

もう1室は  風媒社の  出版物の  展示室に  なっていた

「動物ぜつめつ図鑑」の  トークイベントは  諦めて  

稲垣喜代志展を  じっくり  見学することに  した

「稲垣喜代志」は  学生時代から  ずーっと  気にしていた人  

名古屋の  地に  「風媒社」という  小さな  出版社を  作り  

まさに  「反骨の炎」を  灯し続けた  出版人

「権威に寄りかからず、地域に根差し、

地域に埋もれた人を発掘して世に出そう。

タンポポがそよ風に綿毛を託すように、

花々の受粉を助ける風のようになろう。

社名にそんな願いを込めた」 

これは 

2013年11月19日  朝日新聞・連載「そよ風に託して」の  

記事の  一部

1963年  昭和38年  30歳   

野にあって  埋もれている  有為の  人を  発掘して  

世に  送りたい

と  名古屋の  地で  「風媒社」を  設立・創業

出身は  私も  縁のある  刈谷市  

安城農林高校を  経て  法政大学文学部  法学部へ

藤田省三  松下圭一らから  学ぶ

「全日本学園復興会議」に参加

卒業後  美作太郎の  紹介で  学生社へ

そのあと  日本読書新聞社へ  三木卓を  誘う

風媒社の  出版第一号は  歌集『はるかなる陽ざし』

地域に  根差した  出版社を  スタートさせる

1969年  36歳 

NRの会(現在はNR出版会)を  9 社で  設立

ノンセクトラジカル  ノーリターン(返本無し)の  

両方の  意味を  持つ

1998年  65歳から  愛知淑徳大学の非常勤講師

10年間  講師稼業を  兼ねる

2011年  78歳  社長から  会長へ

2017年  84歳  会長退任  10月28日  死去

病名は  大動脈解離

84歳の  生涯は  やはり  「反骨の編集者」の  人生だった

この  「文化不毛の地」と  言われる  名古屋に  あって  

彼は  出版人として  まさに  稀有の人だった

あまりにも  遅すぎるが  

彼の  編集者魂を  少しでも  体感したいと

2時間ほど  展示室を  うろつく

稲垣喜代志展の  すぐ横には  

さらに  狭い  部屋が あり  

常設展として  城山三郎コーナーが  あった

二葉館は  

2階を  利用して  郷土ゆかりの  文学資料館に  なっていた

少し  二葉館内を  見学したあと  

16時過ぎに  地下鉄「高岳駅」を  目指した

途中   「撞木館(しゅもくかん)」に  寄る

二葉館あたりは  

徳川園も  含めて  名古屋「文化のみち」と  いわれ  

江戸時代から  明治  大正へと  続く  名古屋の  近代化の歩みを   伝える  

多くの  建物など  貴重な  歴史的建造物が  残されている

「撞木館」も  その1つ  陶磁器商が  建てた家

20分ほど  館内を  回る

切り絵の  展示イベントを  やっていた

このあたりは  当時の  名古屋豪商の  家が  並ぶ

名古屋文化の  中心だった

その帰り  名古屋の  老舗書店「正文館」に  寄る

目的は  本ではなく  

知り合いの  奥さんが  オーナーの  フェアトレードの  店

「風`ず」を  見てみたいと  思ったからだ

2階の  奥に  あった

すべて  フェアトレード商品だろう  

いろいろ着飾った  入り口 

中には  入らなかったが  

外から  さまざまな  品物が  見える

客は  一人も  いないが  パワフルな  店だった

高岳駅は  桜通線  名古屋駅までは  東山線と  並行して  走っている

名古屋まつりの  せいか  やはり  乗客は  多い

名古屋駅に  着いて  ステーキの  店を  探す

明日は  健康診断

きょう  21:00過ぎは  飲食禁止

KITTEビルの  地下にある  「ゴッチーズビーフKITTE名古屋店」に  入る

200グラムの  ショルダーロースステーキと  サラダ  生ビール

帰りは  サンパーク  直行

きょうは  よく歩いた

しかし  10,000歩は  いっていない

夜は  テレビ「ダーウィンが来た!」「西郷どん」「下町ロケット」を  観る

「下町ロケット」は  続きを  見たくなる

サンパーク  泊まり

 

author:Tetsuo Kobayashi, category:日録, 23:00
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奄美大島旅行記ー


《奄美大島旅行記/3日目》
2018.10.08/月
ホテル「コーラルパームス」 起床
昨日と  同じ6時前に  目が覚める
今日も  快晴
ベランダから  朝日を  眺めることが  できた
8:00  朝食
昨日と  同じ  バイキング
並べられている  食べ物  飲み物  ほとんど  昨日と同じ
今日も  和食系の  バイキングに  する
みんなは  部屋に  戻ったけれど  
私は  広場の  前の  海岸沿いにある  遊歩道を  散歩してみる
蝉の声が  うるさいほど  聞こえてくる
10月だと  言うのに  やはり  ここは  夏だ
しばらく  行くと  砂浜が  見えてきた
ホテルの  人が  言っていた  海水浴場は  ここだったのか
カップルが  砂浜で  休んでいたり  
親子連れが  海に  入って  楽しんで  いたりする
私も  一応  シュノーケルや  水中メガネ  水着等を  
キャリアバックの  中に  入れてきた
時間が  できたら  少しでも  海水浴を  楽しみたかったけれど  
今回は  諦めた
きょうは  10:00  ホテル出発予定
15分ほどで  遊歩道を  引き返した
部屋に  戻り  30分で  荷物を整理して  
バッグや  カメラ  貴重品など  いっさいを  持って  ロビーへ
10:00  2日間  世話に  なった  コーラルパームスを  跡にする
古い  リゾートホテルでは  あったが  
また  部屋には  ときどき  小さな  虫が  顔を  出したが
天井も  高く  部屋も  広く  
ベランダからの  景観も  気に入り  
まあまあ  私は  満足した  ホテルだった
ワゴン車が  最初に  向かった  ところは  「奄美パーク」
奄美大島の  歴史や  特徴を  紹介している  テーマパーク
ここには「田中一村記念美術館」がある
テーマパークと  美術館巡り  合わせて  1時間ほどしかなく  
慌ただしい  見学だった
しかし  田中一村美術館に  来られたことは  良かった
一生独身で  恵まれない  生涯を  送った  画家では  あるけれど  
絵は  とても  良かった
ほとんど  ゆっくりと  鑑賞が  できず  残念だったが  
鮮やかさと  きめ細かさと  構図の良さは  素晴らしい
奄美に  来て  きょうで  3日目
田中一村が  ここを  気に入り  一生を  過ごした  わけも  
なんとなく  理解できるような  気がする
自然と  文化と  人柄の  良さが  奄美には  たっぷりと  残っている
羽田から  飛行機で  2時間ほどで  来ることが  できる
一村は  もちろん  船で  やってきたんだ  けれど  
日本に  こうした  素朴な  島が  ある  ことは  とても  うれしい
11時半  「ハートロック」という  ところに案内される
道路沿いから  ジャングルぽい  砂地の道を  通って  
海岸に  出てみると  広い砂浜と  岩場が  あり  
その岩場の  1つに  完全に  ハート型に  なった  凹みが  できていた
これが  「ハートロック」と  いうらしい
若い  女性や  カップルが  けっこう  見学に  来ていた
最後は  メイン道路  58号線沿いの  鶏飯の  専門店で  昼食
3人は  やはり  食べ物には  目がないようだ
きのうの  ランチも  鶏飯を  食べた  はずなのに  やはり  本格的な  鶏飯を  食べたいようだ
私も  付き合う
きのうの  シーフードレストランとは  ひと味  違う
しかし  鶏飯と  言いながら  あいかわらず  具の鶏は  わずか
私は  冷凍物では  あったが  「とりさし」が  おいしかった
昼食が  終わったあとは  奄美空港へ  直行
羽田行きは  15:05発であるが  13時過ぎには  到着
お世話に  なった  案内&運転手の  前田さんに  お礼を  言って  空港内へ
やはり  小さな空港
少し  見っともなかったが  空港入り口で  上半身だけ  着替えをする
土産は  できたら  預け荷物の  キャリアバックの  中に  入れたかったので  
荷物検査の  前に  1階の  土産売り場で  何点か  買う
荷物検査を  終えて  2階に  上がったら  2階には  たくさんの  土産物店が  あった
チェックインを  済ませたあと  2階の  待合室にも  土産物屋さんが   あり  
きのうの  島唄の  居酒屋「かずえ」で  飲んだ  黒糖焼酎「里の曙」を  1本  買う
15:05  少し遅れて  JAL機は  フライト 
帰りも  天気は  上々
機内では  Sさんが  となりの  席
気を  遣わない  気楽な  帰り旅と  なって  ありがたい
最近  開設した  という 「JAL国内線機内Wi-Fiサービス」に  ついて  

Sさんと  やりとり
お互いに  Wi-Fiが  つながり  LINEで  実験
Nくんも  参加
早々と  機内Wi–Fiが  できたようだ  さすが
羽田空港に  近づくころ  窓から  富士山が  遠くに  見え始めた
すぐに 機内アナウンスで  「左側に  富士山が  見えます」と  案内も  あった
見つけたのは  私のほうが  早い
まだ  雪は  全く  かかっていなく  雲の上に  黒々とした  三角の  山形が  見える  だけだった
しかし  雲上に  見える山は  富士山だけ
やはり  孤高の  山
飛行機は  予定より  10ほど  早く  羽田空港に  到着
クラスJの  メリットの  1つだと  言われていたが  預けた  機内荷物も  すぐに  出てきた
国内線は  チェックインも  チェックアウトも  
国際線に  比べて  非常に  簡単だ
空港の  外に  出ると  もう  すっかり  暗くなっていた
Sくんの  車を  預けた  駐車場に  立ち寄って  引き取り  
一路  飯田橋へと  向かってもらった
お台場の  夜景は  見事だ
右も  左も  宝石を  規則正しく  散りばめたように  高層マンションの 明かりが  見える
きょうは  「体育の日」  会社は  お休み 
みんな  家々に  帰り  のんびりした  生活の  明かりだろう
ここには  奄美には  ない  全く  違う  暮らしが  ある
羽田空港から  都内に  入る 道路も  入り組んでいる
都会は  明かりは  少ないが  やはり  高層ビルの  ジャングルだ
ここは  奄美大島とは  まったく  別の  世界が  ある
我々が  生きていかなくては  いけない  大都会  東京
2泊3日の  短い  旅行が  終わった
きょうは  祝日  
神楽坂マンションでの  休日の  泊まりは  珍しい

 

10月に  奄美で蝉の  声を聞く

島唄の  心に沁みる  名瀬酒場

糸紡ぐ  思いを隠し  波の音

一村の  奄美南画に  驚愕す

秋半ば  奄美の島で  骨休み

author:Tetsuo Kobayashi, category:紀行, 22:00
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奄美大島旅行記ー

《奄美大島旅行記/2日目》
2018.10.07/日
ホテル「コーラルパームス」  起床
6:00前に  目覚める
ホテルの  部屋の  ベランダから  日の出を  眺める
昇る  朝日を  見るなんて  久しぶり
ベランダの  前には  芝生が  敷かれた  広場が  あり  
右手は  プール  左手には  三角の  モニュメントが  あり  
どこからか  ニワトリの  鳴き声が  ひっきりなしに  聞こえてくる
広場の  向こうに  海岸が  あり  
その向こうが  太平洋  かなたから  朝日が  ゆっくり  昇っていく
その景観を  写真に  収める
きょうは  快晴に  近い  晴れ

7:30  朝食  バイキング
9:00  奄美観光に  出発
まず  ホテル近くの  「あやまる岬」 
さんご礁の  海が  一望できる

空には  赤い  ハンググライダー
「あやまる岬」は  奄美十景の  ひとつ  公園に  なっている
ソテツの  群生地も  見学
そのあと  30分以上  車に  乗り  
名瀬を  通り  住用町の  マングローブ原生林へ
熱帯 - 亜熱帯地域の  河口汽水域の  塩性湿地に  成立する  森林で  
紅樹林  または  海漂林とも  言うらしい
植物の  生命力を  感じさせる
次に  向かったのは  瀬戸内町の  高地山展望台  
大島海峡  古仁屋港が  一望できる
古仁屋港に  下りて  シーフードレストランで  ランチ
シーフードレストランでは  あるが  
奄美の  定番料理  「鶏飯」を  みんな  食べる
鶏飯と  いっても  鶏肉は  ほんの  わずか
いろいろな  具を  混ぜ合わせて  お茶漬け風に  食べる  料理
私は  瓶ビール  1本
13:45  港近くに  係留している  グラスボートに  乗船
20分ほど  海中から  サンゴ礁や  近くの  魚たちを  見学する
期待しているほど  魚の  種類も  数も  多くなかった
しかし  奄美は  真夏日  船上は  海風が  心地良い
次に向かったのは  「ホノホシ海岸」
太平洋からの  荒波で  海岸の  小石が  すべて  丸くなっている
波が引くとき  石が洗われ  重なりあって  サラサラと  音を  立てる
丸い  小石が  いっぱい  敷き詰められた  海岸は  珍しいとのこと
帰り  626号線沿いにある  景観の  良い  場所や  
湾が  ハート型に 見える  高台に  立ち寄る
そのあとは  58号線で  まっすぐに  名瀬に向かう
途中  大川ダムに  寄り  トイレ休憩
名瀬に  17時ごろに  着く
予約していた  店の  夕食までに  少し  時間が  あるとのことで  
名瀬の  繁華街や  名瀬港を    案内してくれる
繁華街は  今も  夜は  たいへん  賑わっている  と言う
港は  広い  公園にも  なっており  
10トン近くの  大型船も  係留できる  と言う
18時少し前に  「かずえ」という  店に
大島料理を  食べながら  
地元の  島唄を  楽しむことが  できる  店とのこと
あまりにも  狭くて  古い店で  驚いた
座敷は  4人卓が  3つ  カウンターは  6人で  いっぱい  
座敷といっても  大人4人が  座ると  窮屈で  仕方がない  
足を  伸ばす  ことも  難しい
通路も  人が通るときに  苦労する  
カウンター前の  調理場も  狭い
しかし  奄美料理を  味わいながら  島唄を  楽しむことが  できる  お店として  
たいへん  有名な  居酒屋らしい
確かに  お任せコースとして  出された  料理は  
どれも  みんな  美味しい
量も  豊富  
生ビールの  あと  焼酎を  いろいろ  楽しもうと  思ったが  
水割り1杯で  酔いが  回ってきて  残念だけど  烏龍茶に  した
店の  女性が  焼酎の  銘柄は  「あけぼの」と  話してくれた
あとで  わかったが  奄美大島特産の  黒糖焼酎「里の曙」(サトアケ)とのこと
客は  最初は  我々だけだったけれど  19時ごろには  いっぱいになった
島唄は  19時30分頃から  始まった
鳥打ち帽姿の  中年の  男の人が  狭い  入り口から  入ってきて  店の中央の  柱に  掲げてあった  三味線を  取り出し  音慣らしを  始めた
島唄は  掛け合い歌  とのこと
鳥打ち帽の  男の人が  三味線を  弾きながら まずは  歌い始める
すると  その後に  つられて  店のママさんが  引き取って  歌い始める
ママさんは  先ほどまで  料理を  作っていた  女性だ
白髪で  普通の  年取った  おばあさんに  見えた
この人が  「かずえ」さんか
歌い始めると  伸びやかな  声が  店内に  広がった
しかも  歌いながら  料理も作っている
三味線の  男と  女性が  交互に歌い上げていく
どの歌も  哀愁が  込められている
ここ奄美に限らず  日本全国や  世界の  地元の歌は  
例外なく  もの悲しく  哀愁を  帯びた  歌が  多い
人は  辛いときや  苦しいとき  歌を  口ずさむのだろう
途中から  太鼓の  音も  加わった
太鼓は  お客全員に  回され  私も  叩かされた
21時ごろ  中締めっぽくなり  我々は  店を  出た
タクシーで  「山羊島(やぎじま)ホテル」へ
ここは  日帰り温泉が  あるとのこと
「山羊島の湯」という名称
奄美初の  展望露天風呂付き  大浴場。
温泉では  ないようだが  
ホテルの  最上階  1フロアが  すべて温浴スペース
展望露天風呂からは  名瀬湾と  名瀬の街並みを  一望できる  
設備も  良い  
夜景も  良い
露天風呂から  夜の  港を  眺める
遊覧船か  フェリーか  わからないが  大型船が  煌々と  明かりを  灯し  
海上も  照らして  ゆっくり  寄港する  
この  景観は  思い出に  残る
23時近く  「山羊島ホテル」を  跡にする
昼の  ガイド兼ドライバーの  前田さんが  同じ  ワゴン車で  迎えに  来てくれた
23:30近くに  「コーラルパームス」ホテルに  到着
ホテルの  部屋で  
昨日の  帰り道  コンビニで  買った  缶ビールを  1本  開ける
「コーラルパームス」ホテル  泊まり
大島を  堪能した  長い  1日だった

author:Tetsuo Kobayashi, category:-, 22:00
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